粉雪が降りそれが積もり、まるで雪の砂漠であるかのような場所がある。
　彼らは、そこをそのまま、雪砂漠と呼ぶ。

「ねえスフィア」
「なに？」

　彼らとは一人の少女と一人の少年のことで、少女は紅古、少年はスフィアという。

「どうしてオーバルは私たちをこんな所に連れてきたのかな」
「……いつも思うんだけどさ、『連れてきた』って変だよね。連れてきた本人がここにいないんだから、連れてきたって言葉は何となく使えない気がするんだよ、文法的に」
「じゃあ何ていうの？」
「――まあそんなのどうでもいいんだよ」
「スフィアが言い出したのに」
「……どうしてオーバルがスフィア達をここに連れてきたかだよねでもそれはスフィア達に分かることじゃないよオーバルは意味不明な事でも何だって平気でする存在だからねけど必ず何か目的はあるはずだよそれだけは断言できる何しろオーバルは意味の分からないことはいくらでもするしむしろ行動の殆どは他の存在から見れば分からないことばかりなんだ、だけど――」
「だけど、何？」

　スフィアが途切らせた言葉の続きを、紅古は素直に催促する。

「想像つかない？」
「当てていいの？」
「うん」
「……『意味のないことは絶対にしない』？」
「当り！　よく分かったね、当てたのはコーコが初めてだよ」

　紅古が当ててしまうだろうと予測していたスフィアは、エンターティナーのようなわざとらしさで、驚いてみせた。

「だから、私は紅古……ねえ、もしかして今の話したのって私が初めて？」
「！　そうだよ、何でわかったの？」
「いや、何となく……。だから、当てたのも私が最初？」
「うん。コーコの思考回路は実に論理的だね。だってスフィアが今まで話したことのある存在の中でオーバルのことを知らない存在は一人だって半人だっていなかったからさ。話す必要もなかった」
「あ、そう……」
「オーバルがスフィア達を雪砂漠に連れてきた意味がちゃんとあるって思う理由はまだあるよ。コーコ、そんな薄着なのに寒くないんでしょ？」
「うん、全然。そういえばワンピース一枚で雪の中いたら寒いどころか凍死よね」

　紅古は半袖の薄黄色いワンピース。雪降る中にいるような姿でない。

「普通ならね。まあスフィアは寒さなんて感じないけど」
「そりゃあスフィアはそうだよね……。スフィアに『寒い』とか言われたらそっちの方が恐いよ」
「恐いって……酷いなあ」
「だって」
「だってとか言わ無いでよ。……スフィアは、こんなだけど、一応傷付くんだよ」

　スフィアは、自分が体で差別される、そんなときいつも真剣に抗議する。

「あ――、ごめん」
「いいんだけどね、別に。……それでさ、コーコが雪砂漠で生きてられるのってオーバルがコーコを守ってるからだよ。そんなことができるのはオーバルしかいない。でね、オーバルは無駄な労力を使わないんだ。そのオーバルがコーコをわざわざ生かしてるってことは、コーコが雪砂漠で生きてることに意味があるんだよ。コーコがここにいるのは無意味じゃない」
「……やけにきっぱり断言するね」
「まあね。こっちにもこっちの事情っていうのがあるんだよ」
「ふうん……まあいいけどね。そろそろ出発しようか？　ちょっと休憩が長すぎた」
「そんなのコーコのせいじゃないか。スフィアは別に疲れてない」
「あー、そうでしょうね……こんなに振り回しといて『実はスフィアがオーバルだったんだよ』とか言ったら怒るわよ……」
「まさか！　スフィアがオーバルだったらたまんないよ。あんな変な性格……」
「…………あっそ」

　紅古は、まるで赤ん坊のようにスフィアを抱えあげ、また雪砂漠を歩き出した。
　紅古の腕につつまれた、スフィアは小さなお人形。紅古の腰より低いお人形。左脚を無くして、歩くことも失ったお人形。だから、寒いも疲れもありはしない――。そうしてスフィアは腕の中、とっておきの特等席で眠りにつく。

「ちょっと……幸せそうな顔してひとりで寝てないでよね――」

　呆れて笑顔で、紅古は雪砂漠を歩いてく。