「鎖?」
「っていうより鎖の一部だね。そういえばこれは何ていうんだろう」
「輪とかリングとか何でもいいと思うけど」
「輪とリングって意味同じだよ」
「こんなのが何でこんなとこに落ちてるんだろ」

 二人の目の前にあるのは、鎖の朱い一かけら。雪の砂漠にうずもれながら、それでも姿をさらしてる。

「スフィア、降ろすよ」
「うん……」
「嫌なの?」
「寒くなるから。別にいいけど」
「感寒機能なんてないんでしょ」
「ないけど、寒さを感じるのは体だけじゃないよ」
「そうなの?」
「うん」

 静かにスフィアを座らせて、紅古の長髪が肩から落ちる。

「でも、ちょっと我慢してて」
「わかってるよ」
「……これ、錆びてるんだ」

 手にとった鎖は風化して、気色の悪いくらいでこぼことする。

「だから朱いの?」
「そうだね。そういえばこれって壊れてるよね。ちゃんと閉じてない」
「でも閉じてても使えないよ。鎖はつながってなきゃ」
「そっか。でもこれ、ちょっと力入れたら閉じそうだよ。――きゃあっ」

 パラパラと、鎖が割れて散り落ちりゆく。

「壊した……コーコ力強いよ」
「だって――全然私力入れてないよ。この鎖、そうとう古かったんだ」
「怪力……」
「スフィアうるさい」
「ごめん」




 ――雪の砂漠にうずもれながら、それでも姿をさらしてる。

「コーコ。何やってんの、寒々しい」

 紅古の上に雪が降り、横たわる彼女をぼかす。

「ねえスフィア。ここはどこなんだろう」
「雪砂漠でしょ」
「それは私たちが言いだしたことだよ。本当はここは何なんだろう」
「分からないよ。それは分からない」
「だっておかしいよここ。太陽は見えないしでも暗くないし何より雪が降り続いてて果てがない」
「分かってるよ。でも、スフィア達にはどうしようもない。きっとオーバルしか、スフィア達を連れ出すのはできないよ」
「うん……」

 降りゆく粉雪は、少しずつ紅古をそしてスフィアを白くする。

「でも確かに、ここはどこなんだろうね」

 遥か進む先を見通して、スフィアが言った。




「もう出発しようよ紅古」
「うん……」
「埋まっちゃうよ?」
「うん……」
「いいの? 雪砂漠で窒息死だよ」
「平気……慣れてるから」
「はあ?」
「慣れてるの、私」

 雪の砂漠に埋もれかけ、紅古はスフィアの顔を目だけで見上げる。雪を、一粒たりとて動かさず。

「――何言ってんの?」
「慣れてるの、私。埋まることには」
「ばかなこと言わないでよ。紅古は人間だよ埋まったら窒息だよ苦しいよ慣れるわけないじゃない」
「……そか。そうだね。ごめん、ありがとう」
「何でありがとうなの。分かったら早く起きなよ見てるこっちが息苦しくなるよ」
「うん」

 ばさばさと、紅古から雪が落ちた。

「それじゃあ出発しよう」
「……スフィア、機嫌悪くない?」
「――まあね」
「どうして?」
「紅古が埋められても苦しくない、みたいなこと言い出すからさ。苦しいとか、そういうのは人間の特権なのに人形にはないのに。それを捨てたみたいこと言うから」
「あ――ごめ……」
「別に謝られるようなことでもないよ」

 考えるための沈黙のあと、紅古が。

「…………ねえ、ちょっと話、していい?」

 ためらいはなく、言った。

「何の?」
「私がいた所での私の話。私が埋まることになれた理由の話」
「うん、いいよ。聞きたい。紅古がそういうの話してくれるの、初めてだね」
「そうだね……私ね、雪砂漠に来る前までは巫女をやってたの」
「巫女?」
「そう。正確には柱巫女。新しく何かを建てたり造ったりするときに、その場所に丸一日生き埋めになるの」

 スフィアは黙って、だからその場から音が消えた。
 紅古が続ける。

「人柱ってあるでしょ。私がいた土地には昔からその風習があったんだけど、いい加減何か造るたびに人を殺すのが忍びなくなってきたらしいの。でもそういうしきたりを無くしてしまうのも恐くて、だから一日だけ誰かをそこに埋めることにしたの」
「それでその場を清めようって。そういう風に制度をかえて、でも初めの頃は埋める人をその都度決めてたんだって。でも、誰を埋めるか毎回もめるのが面倒で、一人だけ人身御供を選んでその人だけを何度も埋めることにしたの」
「そのときに選ばれたのが、私の祖母。それが母に引き継がれて、10歳の時に私が継いだの」
「――あ、埋めるって言ってもちゃんと木で箱をつくったりするし、空気穴もあるんだけどね? でも、光は、どうしてだか知らないけど絶対見えないようになってて。それに水や食事もなくってね」
「ほら、ちょっと汚い話だけど食べたら出さなきゃいけないじゃない? でも、密閉空間でそんなことしたら大変なことになっちゃうし、埋まる何日か前から断食したりしてかなり大がかりなんだよね」
「それで、埋められると本当に真っ暗で……火を燃やすとあっという間に空気が無くなっちゃうからさ。それで、たった一日だっていつも自分に言い聞かせてでもやっぱりすごく長くて恐くて苦しくなってきて早く出して何でこんなことしなくちゃいけないの、て――――」
「コーコ、泣かないでよ。泣かないで」

 スフィアが、右ひざと左手を支えにして紅古に寄った。右の指さきで紅古の髪を撫でた。

「ごめん。こんな話、絶対誰にもするつもりなかったのに」
「どうして?」
「だって、こんな話聞かされても困るだけでしょ。それで憐れんで同情して優しくして、そんなのやだから」
「ふうん……。でも今話したってコトは話したかったんでしょ。憐れみ同情は違うかもだけど、優しくしてもらいたかったんだよ」
「…………」
「まあ、どうでもいいけどね。わざわざ古傷むしるようなまねをすることはないよ。出発しよう」
「……うん。あのね、もうひとつだけ。まだ柱巫女になったばかりの頃、どうしても外に出たくて、私箱の中で暴れて、空気が足りなくなって死にかけたの。普通にしてたってかなり衰弱するのに、その時は本当にヤバくって、それからしばらく、暴れられないようにって、手足を鎖で縛られて埋められたの。私、さっきの鎖見て、柱巫女だったこと思いだした」
「そっか。――でももう忘れちゃいな。ここは雪砂漠で、コーコのいた場所じゃないんだから。」
「――うん。ありがとスフィア」

 紅古がスフィアを抱き上げた。

「おやすみスフィア」
「うん。おやすみ」

 鎖のかけらの壊れた破片は、雪に隠れてもう見えない。