ヨビトとヒビトの矛盾的相互関係
 明かりが幾つも浮いていた。それは白であったりオレンジであったり緑であったり赤であったりどうとも呼べない色であったりどうとも呼べる色であったりした。
 明かりが幾つも浮いている。浮いているそれは、早く遅く、ゆらゆらと動いている。
 日人は決して知らないことだが、昼間にだってこの明かりたちは浮いている。ただ、強すぎる太陽の下で彼らは日人にも気づけるぐらいの強さで光ってやることができない。
 この光景を知っているのは、夜人だけ。

 一人のその夜人は、ひたすらに歩いていた。どう歩こうとも、明かりが彼にぶつかることはない。明かりは何ものにも当たることなく、浮遊している。
 その夜人にはやりたいことがあった。やるべきことではない。ただ、彼がやりたいと思うこと。
 そのために、この場所から遠く離れた場所に行かねばならない。ひたすらに歩く。

 自分の欲するままに動くことが、夜人の存在意義。

 バスが横を通った。日人の知っているものとは違う。似てはいるかもしれないが違う。
 そのバスの座席は、外にある。一つの袋を裏返したように、表は裏に、裏は表に。
 外にある座席に座っていながら、乗っている夜人の髪はさらりともなびかない。そういうものなのだ。

 彼はそのバスに乗る夜人たちを羨ましげに妬ましげに見た。しかし彼は、バスに乗るわけにはいかない。彼は、そうやって行っても意味のない場所へ行こうとしている。

 夜通し歩く、どこまでも行きたいと欲する場所まで歩く。それがどこなのか、探しながら歩く。
 思うのはただ、ここにいてはいけないということ。

 日人が昼のあいだに体を鍛えているお陰で、それほど疲れきるということはない。
 黒の中を、明かりが跡を引くほど素早く、また動いていると気づかぬほどのったりと動いていく。
 それは夜人と同じ方向であったり反対であったり、あるいは夜人の前を通り後ろを掠める。触れることは決してない。
 その明かりを見るたび、彼は思う。

 ああ、やはり夜を支配するのは闇なのだ。

 どれだけ明かりたちが懸命に光を発していようとも。根本にあるのは、ただ闇だった。
 太陽というちっぽけな星が消えてしまえば、昼ですら夜となるのだ。

 ああ、この世を支配するのは闇なのだ。

 それは夜人にとっては甘美な事実だ。
 太陽が壊れたら、日人は現れず、夜人は永遠に夜人のままであるのだろうか。

 歩いていると時間が過ぎる。そうして夜が終わる時刻になる。夜人は日人に体を明け渡す。今日もとうとう、行きたい場所へ行くことはできなかった。
 昼というものがなければ、いつかきっとたどり着けるのに。




 眠りから帰ってくると、いつも知らない場所にいる。原因は分かっている。夜人。
 困ったものだとは思うが、慣れてもいた。これから近所の住人にここがどこであるかと帰り方を教えてもらい、家についたら会社へ行く。
 夜人の放浪癖が始まってから、会社の出社時刻は遅らせてもらった。夜人が原因では仕方あるまいと、上司は快諾した。それだけの実力を日人がもっているということでもあった。

 俺にはやらなけりゃならないことが幾らでもあるってのに。

 日人は思う。やりたいことではない。すべきこと。
 他人に定められたこと。

 義務を果たす事が、日人の存在意義。

 バスが通り抜けていった。
 朝早いそれには、ほんの少しの日人たち。バスの中に座った彼らは、風に髪をなぶられていた。

 いっそのこと、夜なんて無くなっちまえばいいのにな。