崩壊
 崩壊の瞬間は近づいていた。慌てることに飽きた身体と精神は、共に嬲られる互いを見つめていた。

 揺れている、世界が。

 この世界は『契約』の中で生まれた。百年の期限の中で、存在を許可されたこの場所。残存時間は六エム。短い。

 崩れ去る、世界。
 声は、一つだけ。
 ――歌、だった。

 低く甘く遠くに響く、それは男の声だった。
 白銀の髪は、薄暗い中で白と同じ。
 反射する光のない中で、濃緑の眼は暗く沈む。
 やけに清潔で、けれど明らかに使い古されたベッドとシーツの上。男は全身の力が抜けたまま、居る。
 周りの本棚からはばさばさと分厚い本が落ちて、簡素な照明が天井で引き千切れそうなほどに揺れる、揺れる。

 その中で、意識すら有るのか危うげなその男は、歌っていた。
 音を外さず途切れもせず、ただ、続いた。そのまま、売り物になりそうな歌声だった。
 世界の終わりが五エス後に迫り、歌が切られた。歌い終えたのでなく、ただ、切られた。

「マヤカ」

 歌の代わりに名前が紡がれ、世界はこわれた。
 そのあとは、ひたすらの、虚ろ。