手紙
裕様

拝啓 日差しも日に日に強くなり、蒸し暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。暑いのは苦手だと、いつもぼやいていたあなたのことを思うと、少々心配です。
 まずは、何も告げずあなたの側を離れたことを、心から謝ります。どうして、と、思われていることと存じます。恐らくあなたは、今も何も気づかないままで居られるのでしょうから。
 あなたは、何故私があなたの側に居たのかと、居続けたのかと、考えたことはあるでしょうか。
 苛烈な言葉となりますが、きっとあなたは、私のことなど一片たりと理解してはいなかったことでしょう。それは今も変わらないのだろうと思います。そしてまた、理解しようという努力すらも、無かったことでしょう。努力が必要だという時点で、もうあなたは、私のことを理解など出来なかったということでもあります。

 私はあなたを愛していました。本来ならばきっと、人を愛する理由などというのは無いもの、あるいは解らないものなのでしょう。けれど私は、あなたを愛すると同時、憧れてもいましたし、また尊敬もしていました。だから、私には、見えないはずのあなたを愛する理由が、見えていたのかもしれません。あるいはそれは、愛する理由とはまた別のものだったかもしれません。しかし私には、どうしても、他に私があなたを愛していた理由が思い当たらないのです。

 私はあなたを愛していました。それは、あなたがあなた自身であったからです。己にも他にも、あなたはあなたという人間を偽ることがなかった、その為です。自分であることを奢るでもなく蔑むでもなく、ただ、純然とした態度で受け入れていました。他人に焦がれるでも比べるでもなく、あなたは確固としたあなたという存在でした。

 きっと、私が何を言っているのか、あなたは解らないことでしょう。しかしその純粋さにこそ、私は憧れ、そして愛したのです。解らないのでしょうね。

 あなた自身は、変わった自覚など無いものと思います。もしかすると、本当にあなたは変わってなどいないのかもしれません。しかし、私の中でのあなたは確実に変化しましたし、その変わってしまったあなたを、私は愛することはできません。同時に、側に在ることもできません。
 私が愛したあなたに、私は誓ったのです。決して、自分を偽ることをするのはやめよう、と。

 いつの日にかまたあなたが、もしくは私の中のあなたが、元通りのあなた自身となってくれるよう、心より祈っています。その時には、私は再び、あなたの側に行く事ができます。

 乱文乱筆、失礼致しました。
 この暑さに臥せることなどないよう、お気をつけ下さい。
敬具 

2002 年 7 月 29 日
セイ