月に泣く
 幼い頃、ひとりで寝るのが怖くてぐずっていたときに、母に言われたことがある。
「ほら、そんなに泣いていたら、お月さまに笑われてしまうわよ」
 その部屋で唯一の小さな窓からは、あえかな星明りを圧して、満月が強い光を発していた。真っ白で、冷たくて、肌につきささる恐ろしくてきれいな光。月が笑う、という言葉に私は驚いた。いつもさめざめとして退屈そうな月が、本当に笑ったりするのだろうか。
「お母さん、お月さまって本当に笑ったりするの?」
「ええ、そんなに泣いてばかりいたら、お腹をかかえてあなたのことを笑うに決まってるわ」
 私はもう一度、目をぱちくりさせた。じゃあ、私が泣いていれば、月はずっと笑ったままでいるのだろうか。そう思ったら不思議で、気づけば私は、泣くのをやめてしまっていた。慌ててもう一度泣こうとしたけれど、けっきょく、一度ひっこんだ涙はもう出てこなかった。月が笑うのを、私はどうしても見たかった。
 それ以来、満月の夜には、月のために泣こうとするのが私の習慣になった。まだ泣くことは出来ていないけれど、いつか、月が笑うのを見ることはかなうだろうか。