バス停にて
 その日は朝から雨が激しかった。空気には、雨の日に特有のにおいが満ちていた。
 彼女はバス停の屋根の下に入ると、時刻表と腕時計を見比べた。二年前、十九歳の誕生日に、友人である菊乃と静子のふたりから贈られたものだ。
 十六時台には、四本のバスしか走っていなかった。十分弱の待ち時間。最も近い駅へ行くにも、彼女の住むあたりからは、バスで三十分近くの時間がかかる。
 バス停には先客がいた。彼女と同年か、少し若いくらいの男。彼女は、その男と数歩分の距離を保って立った。暇つぶしに、横目で観察する。
 真っ黒い短髪に、高い身長。左腕にビニール傘を一本かけているだけで、他にはなにも持っていない。目線は、四車線の車道の中央分離帯を眺めているようだった。足元には薄汚れたスニーカー。
 全体に黒のイメージの男だった。肌の色も、服装も。
 遠くにバスの音がして振りかえると、彼女の目的とは違う行き先のバスがやって来ていた。彼女が少し後退ると同時に、男は一歩前にでた。このバスに乗るのだろう。
 プシュゥーッ、と音をたててバスがとまった。乗車扉が開く。男が動いて、空気が流れた。ほんの少し、雨のにおいに男のにおいが混じった。
(……あ)
 それはマルボロのにおいだった。彼と同じそのにおいに、ほんの数日前の別れが鮮明によみがえって、彼女は少し、泣きそうになった。バスは、扉を閉じて去っていった。