王 世界 永遠 ( 2 )
 荒野が続いていた。地平線まで大した起伏もなく見渡すことができ、そしてそれはどこを向いても変わらない。
 そこには風が絶えず吹き、赤茶の長髪がばらばらの方向にかき乱される。深紅の、丈の長いドレスもまた、風のために身体にまとわり、また離れる。吹く風が大きく開いたその胸元に冷たくても、強い日の光がすべてを熱する。
 彼女は使えない目と鼻を自分の中から切り離し、肌と口と耳だけで生きている。
「ねえ、王。ここはどこ?」
 赤くかさついた唇が、ひっそりと声を漏らす。そこには彼女以外に誰もいない。
「もうずっとあなたの声を聞いていないわ。どうしたの?」
 立ちつくす彼女は手をゆっくりと組み合わせた。
「王、豊春に帰りたいわ。世界のいる豊春に帰りたいわ」
 そっと上を仰いだ。彼女にとってそれは意味のない動きでしかない。
「あなたが動かないでと言ったから、私はここにいるのよ。座りもせずに」
 彼女の声はただひたすらに穏やかで、感情は浮かばない。
「せめて話し相手にぐらいなってちょうだい。『永遠[はるか]』と、いつものように私の名前を呼んでちょうだい」
 乾いてあかぎれた手で、同じようにあかぎれた唇を撫でた。
「私はもう時間の感覚すらもないのよ。ここに立ちつくして、もうどれだけの時間が過ぎたの?」
 彼女の口調が荒らげられることはない。それは、視覚を失ったと同時に涙も失ったから。そのときから、彼女は自分の感情を表に出すことはない。
「またいつものように歌えば、あなたはなにか答えてくれるのかしら? いつものように、『永遠の歌と声だけは何よりも美しいよ』と言ってくれるのかしら?」
 そうとはわからないほど微かにしか開かれていなかった彼女の口が、唐突に大きくなった。そして信じられないほどの大音量を彼女は口から迸らせた。
 流れ出る音はすべて『ラ』で、歌詞はない。ただ確かな緩急と抑揚を持った歌声がどこまでも響く。
 しばし空間を己の声で埋めつくしてから、永遠は口を閉ざした。そしてもう一度語りかけはじめる。
「……王? 何か言って。私の歌はどうだったの?」
 彼女の声には、かすかにすがるような響きがあった。それすらも、彼女にすれば珍しいことだ。
「王。何でもいいわ。何か話して」
 焦燥という感情がまた、彼女の声音に混じった。
「世界の話をしましょう? あなたの弟の、世界の話。いつも笑ってたじゃない。『“世界” の方が大きいのに、どうして “王” の名前を持つあなたの方が兄なのか』って」
 そして恐怖が。
「王? 私たちは世界を愛しているし、世界も私たちを愛しているし、私たちはみんなお互いを愛しているわよね?」
 不安が。
「何だっていいのよ? ねえ王、私の名前を呼んで。あなたのきれいな声で、私のことを『永遠』って呼んで」
 彼女は一歩足を踏み出した。手を彷徨わせながら、あたりを歩き回る。そして孤独を認めたとき、彼女の心には虚無。
「王……?」
 そこに、彼女の他に人はいない。