真夏に降る雪を見たことがあった。もうずっと昔の話だ。小学校にすら、通うか通わないかのころだった。
当時から外で遊ぶということの極端に少なかった私は、その日だけは珍しくも、友達と一緒にかくれんぼをして遊んでいた。今となっては顔も名前も思い出せないような人たちばかりだけれど、幼い私にとっては、唯一の人間関係だった。実際、大人が思うよりは、多少なりと複雑な関係を築いていたように思う。
私たちが決めたかくれんぼの範囲は広かった。何しろ休日の朝から始めたもので、簡単に見つけられてはつまらないからと、とにかく時間をかけようとしていた。
5人だったか6人だったか、全員で決めたかくれんぼの場所は、広大な廃工場帯のほぼ半分だった。もう半分は、危険だと大人たちに絶対に立ち入らないようにと厳命されていた場所だ。
残った半分は、工場とは名ばかりの、朽ちかけたプレハブの並ぶ空き地のようなものだった。しかし不規則にならんだそのプレハブ小屋は、子供一人が隠れるには充分なスペースを、いくつも内包していた。
じゃんけんで鬼を決めたとき、私は初めに一人勝ちして、誰より早く隠れる場所を見つけるために駆け出していった。暑い中を、小さな身体と短い足で、懸命に走った。
そうしてあたりを駆け回り、隠れ場所に決めたのは、大きなコンテナの中だった。
友達の中で最も背が高く、かつ身軽でもあった私は、周囲のものを足がかりにしてその中に入ることができたが、もし身長の低い子が鬼になれば、まず覗くこともできないような大きさだった。
コンテナは、中から見た天井部分が無く、更に私が入ったコンテナのちょうど真上にあたる倉庫の天井もまた無かったため、青空が見えていた。ぼんやりと眺めていると、雲がゆっくりと流れていく。入道雲の見えない空は、汗の滴るその暑さの中でさえ、見方によっては秋の空にも、冬の空にも見えた。
静かだった。誰も近づいて来ない。見つかりにくすぎる、場所だったかもしれない。
そう思うと、急に不安が押し寄せてくる。見つけられなかったら? 見つけてくれなかったら、一体自分はどうしたら良いのだろう。
自分の力で出て行けることは判っていたが、かくれんぼというのは、自分から出て行ってはいけないものなのだ。不安に押されて、もうきっとかくれんぼは終わったんだと自分で自分を説得して出て行って、そこで見つかり次の鬼にされてしまう悔しさは、なんとも言えない。
かくれんぼで、自分から出て行ったりするわけには、いかないのだ。
不安をごまかすために、ひざをぎゅっと抱えて目をつむっていた。
声も音もたてられない。見つかったら大変だ。本当なら、歌でもうたいたいような気持ちだった。それで、少しは気が紛れる。
そうやって、ずっとずっと私は、ひざに顔を埋めていた。そうして、そのままでいるうちに、私は眠ってしまっていたのだ。眠っていたことに気付いたのは、目が覚めた瞬間だった。目が覚めたのは、寒さから、だった。
ぶるっと大きく身体が震えて、ひざに廻していた手で、急いで腕をさすった。寒さをごまかせたようでいて、本当はちっとも変わらない。
ここはどこだろう、と思った。
寝覚めでぼやけた視界には、雪がしんしんと降っていた。それは既に、2、3 センチは積もっているようだった。身体が雪に包まれている。急いでそれを振り払う。
上を見たら、倉庫の天井の隙間から、延々と雪が降ってきていた。隠れていたコンテナの中は、夏から切り取られた、冬だった。
ぼんやりとそれを眺めて、これは何なのだろう何なのだろうと、必死で頭を動かそうとして、けれど寒さに麻痺したのか、私の脳は疑問を繰り返す以外のことは出来なかった。
意識がいきなり遠のいてきて、雪山で眠ると死んでしまうように、私ももしかしてこのまま二度と起きられないのでは無いかと思い、けれど、一気に意識が落ちたその次の瞬間、私はまた夏にいた。
「さっちゃん、みーつけたっ」
コンテナの縁から顔だけを出した、鬼役の友達が、いた。
あたりは、真夏のとろんとした暑さを持っていた。
天井からは、やっぱりゆっくり白雲の流れる、青空があった。
夏があった。冬は、やはり、無かった。
真夏に降る雪を見たのだ。
それきり、もう、二度と見ることは叶わないけれど。