おれのこと好きなの、と聞いたら、気の抜けた声でさあ？　という答えが返ってきた。せっかく気恥ずかしい言葉を使って確かめてやったのにと頭の中だけで毒づきながら、じゃあ好奇心？　と続けてみる。答えは変わらない。さあ？
「じゃあ、なんでああいうことしたんだ？」
　小学校からのつき合いの泰紀がおれの部屋にいるのはおかしくない。狭苦しい上、男子高生らしい潔さでちからったこの部屋に、ベッド以外の居場所がないのだって、きっとよくあることだ。
　でもそのベッドの上で幼友達にキスされるというのは、決してありふれてないはずだ。もしこれもよくあることだなんてことになったら、この世界はなんだか間違った方向に突っ走ってゆく気がする。それはよくない。だから、対策のためにも、原因の追究は必要だ。
「――さあ」
　おれが無駄なことをつらつらと考えられるだけの間をあけたあとの変わり映えしない泰紀の答えに、おれは大きく大きくため息をつく。
「自分のしたことに理由もないのかおまえ」
　普段からろくにしゃべりもしない、なにを見てるのかもろくすっぽわからないそんな男だけれど、こうも無感動でいられるとほとほと対処に困る。
「理由が欲しいの？」
　さらさら、というよりはぱさぱさとそっけない髪に縁取られた白い顔を傾けて、泰紀はおれを見る。色素の薄い泰紀は、瞳も茶色がかっている。
　理由、と言われておれは驚いた。おれは泰紀にキスをさせた原因を探ろうとしていたが、泰紀がキスした理由を求めるのが、正しいのかもしれない。
「そうだな」
　うなずくと、泰紀はようやく考え始めた。うつむいた泰紀は、特別見苦しい顔立ちではない。けれど、泰紀は高校のクラスメートたちから汚いもののように疎まれている。排除されようとしている、という方が正しいかもしれない。それは自分たちとは違うものに対するごくまっとうかもしれない対応で、泰紀はそれにも大きく感情を動かさないまま、その白い顔を向けている。
「理由は、たぶん」
　ようやく声を発した泰紀に、おれはいつのまにか下を向いていた顔を上げる。
「したかったからだ」
　一拍置いて、
「はあ？」
　おれは、盛大に眉をしかめた。
「おまえな、そういうのは理由になってないっていうんだよ」
　言ってから、おれはまたため息をつこうとする。けどそれはできなかった。
　泰紀は首をのばし、顔を近づけて、さっきよりもずっと長く唇を押しつけてきた。薄いシャツから放射される体温が、おれと泰紀のあいだの空気を抜けて、伝わってくる。ふと、中学生のころ、当時の付き合っていた女の子としたキスはなんだか気持ちわるかったな、と思い出した。
「春樹のため息、きらいだから、止めたかったんだ」
　ようやく離れた泰紀は、ぽつりとそう呟いた。おれはあきれて、その乾燥して手触りのいい髪をぐしゃりとかきまぜる。