春川はよく、光のなかに自分の両手をかざしてみる。カーテンのすきまからさしこむ薄明のなか、事務机の上に落ちた弛緩した昼下がりの日だまりのなか、こどもたちを送りだし終えた、はじまったばかりの夕日のなか。どこにさしだしても、手はあまり変化しない。
砂場でこどもたちとあそんでいたら、先生の手っておばあちゃんの手みたい、といわれた。春川はおどろかなかった。悲しくもなかった。ただ、正しいことを言う子だなと思っただけだ。
くすんでいて、しわだらけだ。手入れをしようという気にもならないほど、その美しくない色合いは春川になじんでいる。手を手入れするっておかしな言いまわしだなと、思うだけで笑いはしなかった。
なにかをひとりでつかむには、女の手というのは小さすぎると思う。けれど、だれかに護って欲しいと願うには、自分の手では愛想がなさすぎるとも思う。
左手の薬指に指輪をしなくなったことを、きのう電話越しで伝えたら、怒鳴るような声を出された。ひととおり彼ががなるのを聞いてから、伝えた。
肌がよわいんだと思うのよ。荒れちゃって、つけていられないの。
彼はぐっと息を呑んだ。聞こえなかったけれど、気配が届いた。
そういうことは、最初に言えよ。しゃべりかたがへたなんだよ、温子は。
海を越えてくるのに、ずいぶん鮮明な声だ。意識を遊ばせ、彼との会話からそらしながら、ごめんと言っておいた。彼はもう怒っていない。自分のはやとちりに照れているだけだ。彼が引いたところで、自分も引いて謝っておけば、けんかにはならない。
そういうことを、いつの間に知ったんだろう。
会話の合間にも、空いた左手を日差しのなかで躍らせる。
来年中には、そっちに戻るよ。待たせて悪いな。
だいじょうぶ。私も、どうせ三月にならないと辞められないもの。
ありがとう、と彼は言った。なぜ礼を言うのか、春川にはさっぱりわからない。
たまにでもいいから、指輪、つけていてくれな。つけなくても、持ってるだけでもいいんだ。
女の子みたいなことを言うひとだと思いながら、そうする、と春川は応えた。
シンプルなチェーンで首からさげる、プラチナの指輪を想像した。指輪をはじく指は、かわり映えしないくすんだ色をしている。