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『俺たちに明日はない』
 1930 年代のアメリカに実在した強盗カップル、ボニーとクライド。ふたりの出逢いからその終焉までを描いている。
 45 年前の映画とあって、映像や話運びのテンポには古さがある。けれど、最近のせかせかとフルスピードで展開する映画と比べて見劣りするかといえば、そんなことは決してない。

 退屈なウェイトレスの仕事に飽き飽きしていたボニーは、庭先に停めた母の車を物色するクライドを見つけ、そのまま行動を共にする。「強盗稼業だ」と自称するクライドを信じないボニーに、クライドは実際に小店に押し入り、現金をせしめてみせる。そこからふたりの犯罪の道行きが始まる。
 最初は小売店への押し入り強盗だったのが銀行強盗に発展し、そしてクライドが追手のひとりを殺したところからふたりは引き返せない一線の向こうへ進んでゆく。

 現実の彼らの姿がどこまで描かれているかはわからない。いずれにしろ、こういう作品はあくまで創作として見るべきだ。
 その上で、大恐慌と禁酒法で荒みきっていた 1930 年代のアメリカで、銀行強盗はしても貧しい客からは金を取らない彼らは、英雄の一面を持っていただろうと思う。

 けれど実際のふたりは、決して絶えることのない追手を警戒し続け、恐怖し、その恐怖を打ち消すために、強盗仲間となった C・W・モスやクライドの兄バック、その妻ブランチと共に、狂乱の度合いを深めてゆく。安穏も静けさもない日々で、どうやっても元には戻れない道をゆるめることのできないスピードでひた走ってゆく。

 州をまたいでの数年に渡る強盗生活でいくつもの追跡をかわし続けたふたりの最期として、幕切れはいっそあっけなくもある。そのあっけなさはいつまでも余韻を含んで、あまりに激しく短い生を遂げたふたりのありようが頭のなかを離れない。
 不思議なのは、どれだけ窮地に追い詰められようと、ふたりの互いに対する愛情が決して剣呑なものにならないことだ。それはふたりが警官隊に囲まれ壮絶な最期を迎えるその一瞬まで変わらない。
 特に行動の一切が理解できないのはボニーで、他人に対する激烈さとクライドへの底なしの愛情、詩を創作する教養と悪事に巡らせる知略、突発的な行動とたえず上下する情感の波が彼女につきまとう。ボニーのなかで一体何がどう揺れ動きそれぞれの行動として現れていたのか、そのなにもかもが理解の範疇の外にある。
 死の予感の後の一瞬間で、クライドだけを一心に見つめ微笑むボニーの心理は、きっと想像も及ばない場所にある。ラストシーンだけを繰り返し再生して観てしまった。

 映画自体には関係のないことだけれど、初めてボニーとクライドの名前を耳にしたのは宇多田ヒカルの「B&C」という曲で。才能あるアーティストに「理想の恋人」として引かれる犯罪者というのは、やはり異彩とも言うべき特殊な存在感をそなえている。
1967 年 | アメリカ | 112 分
原題:Bonnie and Clyde
監督:アーサー・ペン
キャスト:ウォーレン・ベイティ、フェイ・ダナウェイ、マイケル・J・ポラード、ジーン・ハックマン、エステル・パーソンズ
≫ eiga.com
2012.12.02