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『星を継ぐもの』 ジェイムズ・P・ホーガン
 SFを読んだ経験はほとんどない。SFのジャンルなどわからない。それでも、ハードSFとはこういう小説をいうんじゃないかと思ってしまう。

 月面にて発見された五万年前の人類の遺体。宇宙服を着こみ、高度な技術装備を身につけた〈チャーリー〉は、核兵器の時代を超えて宇宙開拓へ進もうとしていた地球人類に大いなる謎を投げかける。主人公となるヴィクター・ハントを中心に、数多の学者や技術者が〈チャーリー〉の謎に挑み、あらゆる可能性が検討され、仮説が立てられ、検証され、一方は事実と認められ、また一方は却下される。
 奇跡や異能力ではない、人の観測と統計と思考によって紡がれるストーリーは、ストイックであるがこそ読んでいて心地がよい。論理的であること、矛盾を生まないことが至上命令である科学の思考が中心にあることで、安心して気持ちを委ねて没頭できる小説が出来上がる。『星を継ぐもの』の魅力は、ひいてはSFの良さとは、少なくとも今の自分にとってはそこにあるらしい。

 古い小説であるので、現代の視点で読むと技術描写には多々違和感が残る。作者はコンピュータ販売の職についていたそうで、その分かえって、コンピュータに関連する描写には特に古臭さがつきまとう。書かれた当時にイメージできるもっともリアリティのある未来を書いたのだろうから、なればこそ四十年が経とうとしている現在の技術とは大きくかけ離れてしまっているのも無理はない。

 しかし、この小説は未来世界を想定した小説であっても、決して未来技術に主眼を置いた小説ではないのだ。例えばこの世界では核融合の放射能は克服され、放射能汚染のない核反応技術が確立している。しかしこの「未来技術」はあくまで設定に過ぎず、ほんのわずかな描写が当てられているのみだ。
 『星を継ぐもの』のテーマは人間存在そのものにあるのだ。人間の持つ技術や文明ではなく、人間という種そのものがテーマにある。だからこそ、この小説は風化を免れ新しい読者を獲得し続けているのではないだろうか。
「五万年前の人類の遺体が、なぜ月で発見されたのか?」
 この問題を追うなかで明らかになってゆく人類のエピソードに胸が震えた。

 そしてまた、登場人物が魅力的なのだ。『星を継ぐもの』は決して人間ドラマではないのでどの人物であれさほど深堀りされることはないが、だからこそ、当たり前にそこここで生きている我々と地続きの存在に感じられる。
 一番お気に入りなのは、降り積もる矛盾に対して常に新しい視点を開発し続け、立ち止まることを知らない大いなる学者ヴィクター・ハントだったが、他の登場人物たちにもそれぞれにそれぞれの魅力がある。誰に対しても、一対一の人間同士のような感情を抱くことができる。
 これは、科学が主役に据えられている小説だからこそ生むことができる距離感ではないかと思うのだ。

 『星を継ぐもの』には続編が書かれている。なるべく近いうちに、これらの続編もぜひ読みたいと思う。
原題:Inherit the Stars
訳:池 央耿
初版:1980年5月
原作:1977年
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2015.08.08