01 あさって
「スイ」
 一刻足らずでぐるりを回れてしまう小さな島。透と香里の住む島。透は、昨日からずっと、東の岸壁に座っている。昼も夜も。透は、さよならまでの四日間を、そうやって過ごすことに決めた。美しく伸ばした灰がかった黒の髪は、無造作に地面に散らばる。
 ふたりが朝と昼と夜に食べる分の食事を持って、香里は透を訪ねる。そして、一日を透と共に過ごす。子供の少ないこの島では、四も年が離れたふたりでも親友と呼べる近さに在る。透は、一年前にようやく十を数えた。
「コオリ」
 香里に名を呼ばれふりかえる透は、やわらかく微笑む。絶望を抱いている人間の持つやわらかさ。諦めにすべてをゆだねることで、ようやく浮かべられるわらい。
 香里も透に笑みを返す。それは、透の目に、こころつよい人間のものに映る。透は、自分の弱さを自覚する。香里のような笑みを浮かべられない自分を、悔しく思う。
「もう凍えるような季節じゃないけど、明け方は冷えるでしょう? 大丈夫?」
 香里の背は高い。年相応の体をもつ透よりも、頭ひとつ以上視線が上にある。透の横に腰を下ろした香里は、透の顔をのぞきこむようにする。
「へいきよ。ずっと前にもらったコオリのコート、とてもあたたかい」
「母さんが縫ったものだからね。丁寧につくってあるのよ」
 透の手が、薄灰色のコートのすそをぎゅうと握る。
「……おばさん、元気?」
「もうずっと、父さんと寝室にこもりっぱなしね。ごはんは、一応食べてくれるけど、たまに戻してしまうみたい」
 答える香里は、穏やかな表情をくずさない。透が、その代わりのように顔をゆがめる。
「もう、あさって、だものね」
 そうね、と小さく答える香里の声は、透を不安にさせるほど静かだ。
 ふたりは、沈黙と蒼と碧、そしてささやかな会話だけを共有しながら、一日を終わらせる。