思い出したのは、本当に唐突だった。記憶の、随分と深層部分に沈んでいたと思うのに、自分でも切っ掛けは全く掴めないまま、大した浮力も必要とせずにそれは浮かび上がってきた。
もしかしたらそれは、昨日までの台風で降り続いた雨のせいかもしれないし、あるいはその雨で出来た、空がぽっかりと移ってしまったような水溜りをみたためかもしれない。もっと直接的に、ワイドショーでやっていたマリンスポーツ特集で、あまりに深い海の映像を見たからということもあるだろう。
何にしろ、その思い出は私を懐古の念へと駆り立てた。もう――そう、もう20年も前の話になるか。私は、海で彼女に出会った。
私がまだ小学校に通っていたころの話だ。当時の両親は表面上は素晴らしく夫婦仲がよかった。二人とも、体面を強く気に病む人間だったのだろう。
実際彼らは気づかれていないつもりであったようだが、私が夜自室に戻りしばらくすれば、彼らはしばしば口論をしていた。もう彼らが何を喋っていたのかなど覚えてもいないが、互いに疎ましく思いあっていたのは確かなはずだ。
ほとんどの夜、私は両親の怒りの篭った声を子守唄に眠りについた。
それでも、人の目に対して自らを取り繕うことを忘れずにいた彼らは、よく私を連れレジャー旅行に出かけた。山であったり遊園地であったり時には海外であったり、実に多くの場所を、私は幼少の時から訪れた。
そして、彼らと共に行った最後の場所が、彼女と出会った、海、だった。
「悠香、あんまり沖にでちゃだめよ」
まるで母親の理想像であるかのように穏やかに微笑む彼女に、私は頷くだけで返した。
彼らの茶番のようなゴッコ遊びに笑顔で付き合ってやれるほど大人ではなく、何も分からないまま純粋であれるほど子供でもなかった。およそ私の記憶にある限り、自分のことを純粋と評せるような年代があったのか、極めて疑問ではあるが。
習っていた水泳教室では1、2を争う程度の実力は持ち合わせていて、それが私に過信させたのかもしれない。幼心で、思ったのだ。
自分が溺れるわけがないと。