メモ
2014.06.02
 途中に休止を挟んで『エレンディラ』(G. ガルシア=マルケス, ちくま文庫)を読了した。めくるめく幻想の世界。逝去をきっかけに読んだが、もっと早く読んでいればよかった。でも同時に、いつ読んでもいい本物の小説でもある。
 短篇「失われた時の海」のなかの「眠っている男の呼吸のせいで空気が薄くなり、家のなかのものが少しずつ軽くなりはじめた。中には宙を漂っているものもあった。」という一節の破壊力。この一節に惹かれるなら、読んでまず間違いない。
 この「失われた時の海」では主人公の男とよそ者の金持ちが海の底に水没した村を訪れる。そこでは「色鮮やかな花が咲き乱れ」る。訳者の木村榮一さんが訳者あとがきで、この部分がA・ポーフィレが紹介するフランスの民話とそっくりだと述べる。そのフランスの民話では上がってこない錨を確かめるために舟乗りが海に潜ると、錨は教会の窓に引っかかっていて、教会には盛装した人々が集まっていた。『エレンディラ』を読み始める前に途中まで読んでいたアイルランドの作家アンジェラ・バークの短篇集『塩の水のほとりで』所収の「胸の奥深く」に、これらと似たエピソードがある。主人公の女性が古い写本に書かれていた話として語るそのお話の舞台は中世のアイルランド。教会でミサをあげていると、屋根の上で何かを引きずるような音がした。みんなが外に出て空を見上げると、船が浮いて、錨が教会の入り口にひっかかっていた。
 明らかに類似するこれらのエピソードのなかで、地上は時に海底であり、時に海から見た空である。こういったイメージは海と空の色の類似性から来ているはずだ。小野不由美さんの『十二国記』シリーズでは、空に海が浮いており、海の上は寿命を持たない仙人たちの世界である。海と空は繋がっており、同時に隔て合うものでもある。人が最も広く触れる人が生身では踏み入ることのできない領域は、人のイメージを徹底的に掻き立てる。