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『僕たちは世界を変えることができない。 But, We wanna build a school in Cambodia.』
 「それでも」という言葉を考える。悪あがきの言葉だと思う。事実も、現実も、何も変えられない人間が、何もできないくせにいやだいやだと口先でばかり駄々をこねるイメージだ。
 これはそういう馬鹿げた駄々で、口先だけだったはずの駄々で、ほんの少し、けれどたしかに、世界を変えた大学生の物語だ。2008 年に自費出版された著者本人の体験記を基に映画化された。

 「2005 年、大学生」というオープニングに真っ先に思った。「私と同世代だ」。その時点で私はこの映画に思い入れの一種を抱いてしまった。こればかりは仕方がない。同じ時代に近い年齢を生きたひとにはどうしても気持ちが寄り添ってしまう。
 そうやって頭っから激しく感情を没入させながら向き合ったこの映画の主人公は、少し不器用で夢見がちで、体中から思わず力が抜けてしまうくらいなんら変わり映えしない青年だった。
 合コンで酔いつぶれて、授業中に居眠りをして、彼女がいたり、ふられたり、ぱーっと遊んでみたくなったり、やっぱり弾けきれなかったり。

 そんな日本の平凡な大学生である彼だから、そりゃあ夢見がちで当たり前だ。今時の若者が生きる日本に肌が直接感じ取るたぐいの生の気配など存在しない。現実があやふやなまま生きているのだから、脳だってふやけてしゃっきりしないまま、他人のものと区別のつかない均一な日常ばかりがただ過ぎてゆく。

 そんな彼が、雑用で立ち寄った郵便局で「カンボジアに学校を建てよう」という小さなパンフレットを目にする。なぜ彼がそれに目を留めたのかと言えば、たぶんそこに彼の日常にはない生の現実が垣間見えた気がしたからだろう。
 ぬるま湯のような日本では、シビアな何かでなければ現実感すら生まれない。「(建てなければ)学校がない」というのは、少しだけ正義感の強い医大生の彼にとってぴったりのお題目だっただろう。

 私はもちろんこの映画の主人公となったご本人を知らないけれど、少なくとも映画で見た彼は、決して特別なものなど持ち合わせていないただのひとりの青年に見えた。彼がカンボジアに学校を建てようと思い、遊ぶように楽しんで、悔しくて泣いて、苦しみながらあがいたのは、決して彼が特別だったからでは決してない。徹頭徹尾、彼は自分のことすらまだまだ分からない小さなひとりの人間に過ぎなかった。
 ならば何故彼はあのプロジェクトを始め、進め、そして終えられたのだろう。思うに、それはきっといくつかの偶然が重なったというだけのことだったのだ。偶然が重なって彼を前に進めていった。彼がうまくやったことは、その偶然を逃さず、きちんと車輪を回す力にしたことだ。彼の数少ない特徴のひとつである今時珍しいような純朴さがそれを助けた。あの数ヶ月を、彼はそうやって駆け抜けたのだろうと思うのだ。

 たくさんのことがあった。きっと描かれていないことの方が多いはずなのに、それでも映画一本のなかにすら、頭のなかがぎゅうぎゅうになるくらいたくさんのことがあった。一瞬も印象に残らないシーンなんてないくらい、目を見開いたまま次から次とたくさんのものを見させてもらい、吸収させてもらった。
 嬉しさと、苦しさと、悔しさと、そういうものたちを、俳優さんの力を借りてたくさん届けていただいた。何がとも言えない、けれど確かに質量を持った何かが、胸のうちにたくさん届いてきた。

 日本の大学生がカンボジアに小学校を建てる。
 出来そうな、出来なさそうな、けれどやっぱり出来た、ひとつの小さな、けれど確かな足跡。
 「僕たちは世界を変えることができない。」なんてストレートで、ありのままのタイトルだろう。そして、「But, We wanna build a school in Cambodia.」。それでも、カンボジアに小学校を建てたかった。
 だから自分に出来る限りのすべてをやった。諦めたくない、学校を建てたいという子供の駄々が、小さく小さく世界を変えた。
 どんな映画だって同じことだけど、改めて言いたい。感想ではこの映画のことは伝えられない。実際に彼らを観て欲しい。等身大なんて使い古された言葉を思わず使いたくなってしまう、大学生四人の体当たりの奮闘がありのままにここにある。

 少しだけ映画を外から観た感想を言っておくと、『バトル・ロワイアルII』ぶりに深作健太という監督の映画を観た身としては驚くほどいい映画を撮る監督に育ったなあということと、シーンによってはっとするほどかっこよくも目を覆いたくなるほど情けなくも見えた主人公役の向井理さんに感嘆の拍手を送りたい。
2011 年 日本 126 分
監督:深作健太
キャスト:向井理、松坂桃李、柄本佑、窪田正孝、村川絵梨、黒川芽以、江口のりこ、黄川田将也、リリー・フランキー、阿部寛
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2011.12.21