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『文章のみがき方』 辰濃 和男
 文章をある程度日常的に書いているひとなら、それぞれ自分なりの「納得のいく文章を書くためのコツ」を持っていると思う。よりよい文章の書き方を案内するこの本では、38 あるすべての章の冒頭で様々な文筆家の言葉が引かれている。谷崎潤一郎や三島由紀夫、よしもとばななや江國香織、ほかにも画家やピアニストの言葉がある。おのおのの文章論を先頭に立てて、「毎日、書く」「正直に飾りげなく書く」「紋切型を避ける」「思いの深さを大切にする」などの章が並ぶ。章は「基本的なことを、いくつか」「さあ、書こう」「推敲する」「文章修業のために」という四つに分類されている。

 文章を書く修練を心から真剣に積んだ経験はないけれど、本や映画の感想をこうやって文章にし、時々小説も書いたりしている。初めて小説を一本書き上げた時点にさかのぼるともう十二年間、こうやって少ないながらもなにかしら文章を書いてきた。
 そういう経験にもとづいてこの本を読んだわけだけれど、38 もある章のいずれにも頷き、多かれ少なかれ納得することができた。それは、この本が何も特別なことは言っていないからだ。小説や随筆、日記や論評など、ひとくちに文章と言ってもその種類はさまざまだけれど、ここではあらゆる文章に共通するごく基礎的な事項ばかりが述べられている。どんな文章にも適用可能ということは、文章というものの本当に芯の部分しか取り上げていないということだ。
 読者の度肝を抜くようなやり方は書いていないし、奇抜さの装い方もない。真摯にわかりやすく、自分のなかにあるものをありのままに文章にするために役立つ指針が書かれてある。

 目新しい注意点は決して多くなかった。当たり前と思うことも多かったし、なおかつひとつの文章ジャンルに特化した本ではないので、この本の言うがままに書いた文章は平明かつ明快ではあっても面白味はないかもしれないなとも思う。
 しかし、それは同時に、この本に書いてあることは文章を書く時に最低限気にかけるべき点ばかりだということでもある。基礎をおろそかにしてはその先はないというのは、なにごとにも必ず共通する。これから文章の書き方を学ぶひとが最初の指針にするのはもちろん、ある程度自分の文章が固まったひとが我が身を振り返り、総括するにも役立つ一冊だと思う。

初版:2007 年 10 月 岩波新書
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2012.11.11