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クライマーズ・ハイ
2008年  日本
監督 : 原田眞人
キャスト : 堤真一 / 堺雅人 / 尾野真千子 / 高嶋政宏 / 山崎努
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 1985年8月12日、520人以上の乗客を乗せた日本航空のジャンボが消えた。墜落したのは群馬県御巣鷹山。北関東新聞社に在籍する悠木は全権デスクに指名された。事故を追った22年前の夏。

 原作者の横山秀夫さんの小説は「半落ち」だけ読んだことがある。「クライマーズ・ハイ」の解説で横山さんが当時この事故に実際に地方新聞の記者としてかかわったと知って、「半落ち」の記者のリアルな描写に納得がいった。ただ、この映画はノンフィクションではない。
 横山さん自身は、ノンフィクションでは伝えられないことも小説なら伝えられる、というようなことを話したらしい。私小説ではなくひとつのストーリーに自分の経験を落とし込むというのは、難しいことでありとても有意義なことであり、読み手としては有り難いことだと思う。

 悠木の同期であり今は彼をサポートする同僚、かつては名タッグといわれ今は反目しあっている上司、社員を自分に従う犬としか見ない社長、山登り仲間で北関東新聞社の販売部に勤める安西、県警キャップであり一番に現場へ飛んだ佐山と随行したカメラマン。
 多くの人々がそれぞれの立場で事故にかかわり紙面を作るために奔走した、濃密に荒れ狂った時間。怒号の飛び交うなかで、親友である安西の突然の病気、自分を眼の敵にする上司への思い、思うままに紙面を作れない怒り、現場の惨状に心のバランスをくずしたカメラマン、悠木の出生、子どもとの関係。数え切れないほどさまざまな要素が入り込んで、映画はただ転がり続けていく。正直なところ、よく一本の映画にこれだけ詰め込んだものだと思う。

 映画には、頻繁にはさまれる現在(2007年)の描写がはさまれる。騒々しさに満ちた1985年とは鮮烈なほど対照的に、静かな登山のシーンばかりが続いていく。悠木はもちろん年老いていて、一回り以上年下の男を相手に先導されて山に登る。
 同僚も後輩も上司もすべて巻き込み動かして、ひとつの新聞社を振り回すほどのパワーで紙面を作り上げていた22年前。先頭をきってひた走った夏から長い時間が過ぎて、悠木は今、若手の後をついていく。その対比が切なくもあり、同時に時の流れに一種の安堵のようなものを覚えもした。時間が過ぎて人が老いるというのは、決して残酷なばかりではないと思う。

 私は、こういう映画を撮るから日本映画が好きだ。釣りバカや花男を否定するわけではないけれど、シビアなものを真正面から描こうとする姿勢が好きだ。内容がつまっていたことスピードが速かったこともふまえて、あと2、3回は楽しんで観れる。娯楽作ではないことをきちんと理解してそういう映画を好む人には、ぜひ一度観てみてもらいたい。
 ちなみに、冒頭での高嶋政宏さん演じる安西のせりふが聞き取れないというレビューをちらほら見かける。安西というのは愚鈍な大男という設定で、もごもごと喋る人物。確かに聞きとりやすい喋り方はしていないけど、少し注意深く聞けば会話の流れがわからないほどではないと思う。登山用語が多くて内容をきちんと理解はとてもできなかったけれど…。

 最後に少し、俳優さんの話。堤真一さんの出演作はあまり観たことがなくて確か「山のあたな」くらいだったと思うのだけど、今回の堤さんは、恫喝するときの迫力や落ち着いた低い声などがとても素敵だった。悠木自身も作中で言っていたけれど、新聞に対して人に対して、さまざまな面で愚直な悠木という人物像がとても似合っていたと思う。
 そして、今回初めて知ったのが佐山役の堺雅人さん。彼の風貌も演技もとても好きだ。悠木から現場へ飛ぶ許可が下りたときの、リードを放された猛犬のような表情はちょっと忘れられない。にたり、と含むところのある笑顔もすごい(すさまじいと形容してもいいと思う)。いい俳優さんだ。
2008.07.08