2008年 日本 / オランダ / 香港
監督 : 黒沢清
キャスト : 香川照之 / 小泉今日子 / 小柳友 / 井之脇海 / 井川遥 / 津田寛治 / 児嶋一哉 / 役所広司
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線路沿いの一軒家に住む4人家族。どこにでもいる普通の家族だったはずなのに、父はリストラされたことを家族に言えず、母はどこかへ行ってしまいたいという思いを小さな棘のように抱えている。兄は米軍へ入隊すると言い出し、僕は家族には内緒でピアノを習っている。いつのまにかばらばらになってしまった4人が、もう一度ひとつのテーブルを囲むことはあるのだろうか?
邦画のなかでは久々のヒット。映画館に2回足を運んだ。「百万円と苦虫女」の方がキャッチーだとは思うけど、こちらの方が断然深度は高い。その上密度も高い映画で、ストーリーは次から次へと展開していく。そのために、観るのにはちょっと気力が要るほど。
映画は、小泉今日子演じるお母さんの恵が雨が吹き込む窓サッシを慌てて閉め、水浸しになった床をぞうきんで拭うシーンから始まる。ここまではどこの家庭でもある日常のワンシーンだ。けれど恵はその後、改めて窓を開け嵐の様子をじっと見つめる。
濡れたぞうきんを持ったままさっさと窓際を立ち去らず、雨が吹き込むとわかっていて窓を開ける。異常というほどのことではないけれど、このささやかな行動は恵が平凡なだけの母親ではないこと、ささやかな隙間を抱えていることを表しているように思うのだ。
絶望というほど色の濃いものではないけれど、その前と後とでまったく同じではいられなくなるような出来事。それぞれに抱えるものがありはしてもあくまで平凡な家族だったはずの4人は、そんな出来事が積み重なって、家に背を向けて走り出していってしまう。自分の家という落ち着けるはずの場所が落ち着かない。
一ところでゆるく渦を巻いていたそれぞれの人生のラインが、ひとりひとり違う方向へ向かってのびてゆく。さざなみ程度しか立たなかったそれまでの日々の反動のように、その勢いは激しい。崩壊という言葉がぴったりくる。
他の家族が今どこにいるのかも知らない。あまり興味も湧いてこない。そんな暗闇をさまよう4人に射すのは、ただ1本の光だ。希望というと大仰な、ささやかな光だ。けれどその光は、人が未来と破滅の分岐点に立ったときにすがれる唯一のものじゃないかと思う。
2度目に気が付いたけれど、光の使い方がとても印象的な映画でもある。朝の光、夕方の光、蛍光灯の白とオレンジ。それぞれのシーンや登場人物に合った光が、映画自体の表現力を底上げしている。