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『みんな元気。』 舞城 王太郎
初版:2004 年 10 月 新潮社
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 ある夜ふと目を覚ますと、姉の体がベッドから浮いていた。同じく眠りながら宙に浮く妹の朝ちゃんは竜巻と共にやってきた空飛ぶ家族がさらっていき、その家族は代わりにと言って男の子をひとり置いていった。――「みんな元気。」
 表題作の他、単行本『みんな元気。』より掌編「Dead for Good」と「矢を止める五羽の梔鳥」の計 3 編を収録。

 眠りながら宙に浮く姉、空を飛ぶ家族、その家族に連れ去られた妹と、代わりに置いて行かれて出来た新しい弟。見事に破天荒な筋立てだ。夢と空想をまるごと文章にしたような、まるで現実味のない、アニメのような設定の小説だ。
 なのにそのなかで、登場人物たちだけは生身の人間そのものなのだ。家族を想う心、恋心、そして生きていく上で迫られるいくつもの重い決断。童話のように奇妙な世界観のなかでありながら、人間の抱える平凡かつ普遍的なテーマを扱っている。そのテーマの核を切り出す切れ味鋭いせりふが惜しげもなく現れる。

 この小説では、一家の末娘がいなくなったことでアンバランスさを内包してしまった家族の姿が語られる。その脇で、語り手である枇杷の心中が奔流のようにとりとめのない文章によって次第に形を現していく。

 物語の終盤、枇杷は、長い時間をかけて自分のなかに蓄積され押し込められていたものと向きあうことになる。
 知らんぷりを決め込んでいたそれと対峙した後に枇杷が気付くのは、まっさらの、掛け値なしの希望だ。だれもがその手に持っていて、けれど何度も忘れてしまう、今生きているという事実そのものが孕んでいる希望だ。

 非現実的な設定だからこそ書ける人の心があると思う。現実をいかに巧みに模写するかに力点を置いた小説では、「妹が交換されて代わりに弟ができた家族」の抱えた葛藤なんて描けないのだ。そして、こんな荒唐無稽な話だけが描くことのできる真理がある。

 頭をからっぽにして、文学だとか整合性だとか、そんなものを忘れ去って読んでみて欲しい。
2010.06.29