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『巡礼者たち』 エリザベス・ギルバート
巡礼者たち
Pilgrims
翻訳:岩本 正恵
初版:1999年02月 新潮クレスト・ブックス
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 オンボロ車に乗ってペンシルバニアからやってきた女、マーサ・ノックス。他の人家からはなれて暮らすおば夫婦の家の預けられた少年。兄と共に東へと向かうアリス。何があるわけでもない人間の日常を切り取り、豊かにうねる感情を描いた短編集。
 12 の短編を収録。

 少しは変わった人物も出てくるけれど、奇抜な設定をほどこされた人はいない。エンターテインメント小説で起こるような大事件も起こらない。そんな中で、小説のなかの人々にとっていつもとは少しだけちがう一日や出来事が、丹念な筆で描かれている。

 人のなかに息づき流れる感情や、表面には出てこないままささやかにうねっている想いが何ひとつもらされることなくくみ上げられている。だから、どの小説にえがかれている人物も生々しく、そこに生きて存在していることがわかる。
 特別な事件はなく結末という名の仕掛けもなく、それでもそこに人がいて読み手も人間なら、伝わってくるものが確かにある。生きている人間同士が出会うことで互いの間に通うものとそれはさほど変わらない。それほど、エリザベス・ギルバートが『巡礼者たち』のなかでえがいた人々は生身を持った存在として文章の向こう側に生きている。

 作中で流れる時間は短くて、数時間程度のものも多い。その短い時間は、作中の人々が数年経ったあとにもふと思い出すことがあるような、少しだけ色づいたものだ。日常的だけれど確かに特別でもあるシーンを的確に切り取って 1 冊の本のなかに寄せ集め貼り付けたのがこの本だ。
 生活のなかのひとつのシーンを切り取る力。そこにいる人を活写する力。エリザベス・ギルバートが持っているのはそんな力だと思う。本やインターネットで調べながら机上で小説を書こうとする人間には生み出せない空気が、はっきりと作中に流れている。
2009.01.12