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『シェル・コレクター』 アンソニー・ドーア
シェル・コレクター
The Shell Collector
翻訳:岩本 正恵
初版:2003年06月 新潮クレスト・ブックス
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 老貝類学者の凪のように静かだった日常をゆるがしたのは、突然あらわれたアメリカ生まれの女だった。マラリアにかかった彼女をきっかけに、盲目の老貝類学者のもとに多くの人間たちが訪れた。――「シェル・コレクター」
 自然と、そのなかで暮らす人間たちを描いた 8 つの短編を収録。

 読んでいるとき、眼前に映像がふっと浮かんでくることがよくあった。細部まで鮮明な、あざやかなカラーの情景だ。普段、文章が像を結ぶことはあまりない。そんな私にとってそれはとても面白い体験だった。
 浮かんできた像はどれも自然の風景だった。しかも、生活を日々流すように生きていたら決して目に入ってこないような世界だ。雪の結晶のとげのひとつひとつや、水滴のなかに映りこむ空の色。そんな、目をこらさなければ決して見えないようなものがくっきりと脳裏に浮かんだ。べらぼうに美しかった。
 そして、ミクロな世界の美しいものが見えるたびに、自然そのものの美しさもひしひしと感じた。自然を構成する小さなひとつひとつは美しく、その美しいものが集まってできた全体もまた美しい。そこに優劣はない。雪の一片がどんなに小さくても、輝く雪原がどれほど広大でも、それが優劣をわける理由にはならない。そんなことを考えるのは愚かだし無意味だ。

 『シェル・コレクター』では、どの小説にもまず自然という大きな世界があり、そのなかに人間たちがいる。人間がどれほど泣き苦しもうと自然は変わらない。それが、悲劇としてではなく喜劇としてでもなく、ただ事実として描かれている。自然は冷たくはない。暖かくもない。そこにあるだけだ。緊密で丁寧で正確な描写がこれ以上ないほどの計算で組み合わされて、そんな自然の姿を伝えてくる。『シェル・コレクター』は自然賛歌の小説ではない。ただそこに見えているものを描いているだけだ。
 この小説を支えているのはきっと描写力以上に、目の前にあるものに気がつくことのできる力だ。そういう観察力の元に書かれた小説は、ゆがみのない骨格を持つことができる。

 それぞれに魅力にあふれた短編ばかりだったけれど、「たくさんのチャンス」が印象深い。
 少女が男の子と出会い、恋をして、失恋して、強くなる。強くなった少女はいつしか、両親の弱さや優しさを受け入れるだけの力も身につけている。
 ありきたりと言っても過言ではないほどくり返し書かれてきたテーマが、釣りという要素をからめて過不足なく完璧に描き出されている。ひとつのストーリーとして完結した、魅力的な 1 作だと思う。
 必要なことだけを必要なだけ語るというのは難しい。短編小説というのは、それが成功する可能性の高い数少ない舞台のひとつだ。
2009.01.27