初版:2000年07月 幻冬舎
蔵本:2004年02月 新潮文庫
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クルマが故障しナビゲータまで狂ってしまったミチルとロイディは、百年間孤立していた都市にたどりついた。
女王デボウ・スホによって統べられたその都市は、完璧につくりあげられた世界だった。
森さんの文章は読みやすい。
ただ、森さんの小説は感情や情景ではなく感覚を表現している小説だと思うので、とても影響を受けやすい。ぐらぐらと脳が揺れているような感覚を覚えながら、読み進めた。
私は森さんの小説はほかに『スカイ・クロラ』シリーズしか読んだことがないけれど、この人の描く主人公は、いつもとても混乱している、と思う。複雑というのとはちがう。複雑というと、それは外側からだれかを見たときの評価だ。森さんの描く主人公は、彼もしくは彼女自身が、とても混乱している。
読者から見れば主人公は他者なのに、なぜか読者は (少なくとも私は) 主人公と同じ視点で主人公を見ている。もちろん一人称で書かれているということも、大きく、かつ直接的に影響しているとは思う。けれど、一人称の小説なんて他にいくらでもある。人称の問題ではなく、森さんが感覚を重視して描写しているからこその現象なのだと思う。
私は森さんの描く主人公が、いつも大好きだ。主人公が好意を抱いている相手も、大抵好きになる。
森さんはとてもライトな小説を書く作家だと思っているのだけれど、それはストーリーが軽いのではない。主人公の持っている感覚がライトだから、そんな印象を小説からも受けるのだと思う。
特に、主人公の生に対する感覚はいつもとても軽くて、その執着のなさや束縛のなさに、憧れのような感覚まで生まれてくる。こんな風にいられたらいいのに、と思う。
『女王の百年密室』に関しても、私はやっぱり主人公のサエバ・ミチルが大好きだ。ミチルが迷い込んだ、あるいは導かれた街は完璧ということばがふさわしいほど統率された世界だ。神の箱庭のような世界。そこに私たちとおなじ感覚を持ったミチルが入り込むと、明確に色のちがう異分子になる。
人を殺すことは罪だ。罪は罰されなければならない。
たったこれだけの、あまりにも常識的なミチルの主張すら、街の人々には通じない。ミチルと街の考え方は正面から対立する。しかし、街はそんなミチルを強制的に排除もしない。それもまた罪や罰という概念がないからだ。
女王や街の人々と、ミチルのやりとり。これらの会話はさまざまな正しさや歪みを内包していて、決して正解も終わりもない。だからこそミチルはこれからも苦悩するだろうし、そして、そうでなければそれは生でないとも思う。例え、体だけは生き続けていくとしても。
とても読みやすくて、でも読み終えても世界からは抜け出せない、面白い読書だった。