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『夜は短し歩けよ乙女』 森見 登美彦
初版:2006年11月 角川書店
蔵本:2008年12月 角川文庫
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 大学のクラブの後輩に恋する “先輩” と、 “先輩” の意中の人である黒髪の “乙女”。それぞれの視点が交互に語る、京都を舞台にした恋物語。
 春の夜歩き、夏の古本市、秋の学園祭に冬の風邪の大流行。四季のさまざまな物語を通して、ふたりの距離は少しずつせばまっていく。

 森見さんの物語はいつでも軽妙で読みやすい。底抜けに面白くて、影や痛みといったものが一切ない。恋の切なさすら、自嘲を力いっぱい込めた笑いに昇華されている。
 その上、「どうやったらそんな表現が思いつくんだ」と、感心を通り越して妙な怒りが湧き出てきそうな奇抜な表現が次から次へと繰り出される。常人にはとうてい予想できないような展開が続き、登場人物はひとりの例外もなくひと癖ふた癖では済まない変人ばかり。
 それなのに、こんなにもどこにも “普通” の要素なんてないのに、読後感は王道の青春恋愛小説を読んだときのように懐かしくあまずっぱく、さわやかだ。この魔法はどこから来るのだろう。いつ読んでも “森見登美彦ワールド” は唯一無二だと思う。
 愉快でおかしくて面白くて、たくさんのきらきらしたイメージと描写にあふれている物語だ。そして、その中心には恋心がしっかとかまえている。

  “先輩” は延々と “乙女” の外堀を埋め続ける。偶然を装いながら “乙女” の後ろを駆け回る。しかも、どれだけ外堀を埋めても「いや、まだ時期尚早だ」と言って “乙女” 本人のところへは向かわない。はがゆい、じれったいというよりも、ただの阿呆だとあきれてしまうほどに “先輩” の手法は迂遠に迂回を重ねていく。
 “乙女” も “乙女” で、自分へ向けられた恋慕には一切気付かず “先輩” の演出する不自然な偶然の数々も意に留めず、自分が面白そうだと思う新世界へずんずん進んでいく。
 そんな食い違い続けるふたりが、それでも少しずつ距離を縮めていく。この姿を恋物語の王道と言わないなら何を王道と呼ぶのかというほど、その様子は気恥ずかしさに満ちている。

 欲を言うなら、もうちょっとだけ “乙女” から見た “先輩” の姿を読んでみたかった。“乙女” が “先輩” を気にかけるようになる過程がもっと見えたら、ますます気恥ずかしいシーンが増えそうだけれど。
2009.09.29