Le Concert
2009 年 フランス
監督 : ラデュ・ミヘイレアニュ
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天才的な指揮者と称えられながら、時の政権のユダヤ人排斥の動きに楯突いたことから楽団から追われたアンドレイ。劇場の清掃員に身をやつして三十年を過ごした彼は、支配人に元に届いたパリのシャトレ座からの出演依頼ファックスを偶然手に入れた。ニセの楽団を作りボリショイ・オーケストラとしてパリで公演を行うことを思いついたアンドレイは――。
現実の社会的背景を絡めて時に悲しく時に面白く、政治的メッセージも詰め込みながら全体としてはあくまでコミカルに、ひとつの奇妙な事件が描かれている。
主役はアンドレイとバイオリンのソリストである美貌のアンヌ=マリーのふたりと割り切って、オーケストラの楽団員たちをその他のメンバーとしているおかげで無理がない。ただし楽団員を無個性な顔のない人々として扱ったわけでは決してなく、それぞれ一癖も二癖もある性格で映画から湿っぽさをぬぐってくれるのが彼らなのだ。ユーモラスな楽団員たちが、この映画を心に重くのしかかってこない軽やかなものにしてくれている。
シリアス、残酷、おかしみ、愛情――そんなものが絶妙のバランスで詰め込まれた映画だ。はっきりと人格の立った登場人物たちと奇をてらわず着実に進むストーリーは観ていて心地よく、安心して心を委ねられる。
主人公である指揮者・アンドレイのキャラクターがまたいい。公演依頼のファックスを目にした瞬間に衝動と熱情のままに行動して公演を実現するための工作をあれこれ進めておきながら、周囲を巻き込むだけ巻き込んだ後に時折我に返っては「もう駄目だ、できるわけがない」と何度も頭をかかえて弱気になる。
彼は決してメンバーを力強く引っ張る信念を持ったリーダーなどではないのだ。見果てぬ夢を手に掴もうとしている一音楽家でしかない。親友のチェリストに励まされ、時には尻を叩かれながら、三十年前に途切れたチャイコフスキーのバイオリン協奏曲という夢に向かっておそるおそる進んでいく。音楽への情熱と自分のしでかしている事態に対する恐怖の間で揺れ動く姿は等身大の人間そのものだ。
三十年間夢を見続けたアンドレイは、自分のチャイコフスキーのバイオリン協奏曲に対する情熱を狂気だという。ユダヤ人排斥に反対したことで周囲からは英雄視されているがそんなことはない、ただ自分の狂気に周囲の人間を巻き込んだだけだと。
「オーケストラ!」は、三十年越しの夢を叶えるという光あふれる物語であると同時に、アンドレイが彼の言う自身の狂気に巻き込んだ人々に対する贖罪の物語でもある。私は彼の情熱によって不幸になった人間は誰一人いないと信じたいけれど、罪の意識が彼にある以上、彼はそれを払拭するために足掻かなくてはならない。その結果はこの映画のなかでしっかりと描かれる。
音楽に傾ける情熱と演奏者たちへの愛情を体のうちいっぱいに抱えたアンドレイが、無茶と無謀を重ねて奇跡をたぐり寄せた。笑えて、せつなくて、少し泣けて、観終わった後には気持ちいい笑顔になれる良い映画だ。