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押井守と映像の魔術師たち
会場:八王子夢美術館
会期:2010.07.16-2010.09.05
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 押井守監督の展覧会へ行ってきた。これまでに観たことがある押井作品は「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」と「スカイ・クロラ」の二作品だけ。特別好きな監督だというわけではないけれど、世界観構築法の独特さに否応なく興味を惹かれる監督でもある。

 まず驚いたのが、設定の細密さ。機械の多く登場するアニメをよく撮る監督だけれど、作品内に登場する独自の機械が細部まで考え込まれている。工学的なことに詳しくない私には、実際に製造して動かすことも可能なんじゃないかと思えるほどに徹底している。
 作品をただ観ている分にはその細かさに気がつくことはおそらくないと思うけれど、作品にリアリティや厚みを与えるのは間違いなくこういう「見えない場所まで構造を考える」という深いこだわり方なのだと思う。

 映像作成には、大抵の場合多くの人間が関わることになる。自分の脳内にあるものを誰かと共同で造り上げる時に、絵を描けるというのは大きな武器なのだと思った。それどころか、決して欠かせない必要な要素なのかもしれない。
 文章でどれだけ説明したところで、押井監督の設定のすべてをスタッフに伝えることはできないだろう。世界感を創造するだけなら文章でも足りるが、それを形にするには絵というものが不可欠なのかもしれないと、そんなことを考えた。

 映画「スカイ・クロラ」の原作小説はとても愛着の強い小説で、そのぶん押井監督の「スカイ・クロラ」には嫌悪感に近い感情を抱いてしまった。原作とはまったく違う作品だし、「スカイ・クロラ」を劇場で観た時は「原作とは別の作品なのだ」と上手に割り切ることもできなかった。
 今回、展覧会を見るにあたってできるだけ水平な視点で一度気持ちをリセットするつもりでいようという心構えを持っていた。
 そして考えたのは、やはり映画と原作小説とはかけ離れた作品だということ。恋と孤独くらい違う、という言葉が浮かんだのだけれど、その違いがどこから来るのかまだわたしには理解しきれない。
 いずれにしろ、森博嗣さんの小説『スカイ・クロラ』の映像化作品としてではなく押井監督の作品としてもう一度「スカイ・クロラ」を観てみようかという気持ちになったのは確かだ。そうすることで何が見えるのかはわからないにしろ、嫌悪感だけで終わらせるのはもったいないなと思った。

 私にとって実写映画とアニメーション映画はどちらの方が作品として格上かというのは思考テーマのひとつなのだけど、この展覧会を見てそれが少し進んだ気がする。
 生身の人間が介在するというのは人間を描く上で果てしないパワーを持つことだと私は考えていて、だから実写映画はそこにひとがいるというだけで強い力があると思っている。ちなみに、同じ空間に演者がいるという強さによって、映画よりも演劇の方が上位にいると思っている。
 ただ、実写映画よりもアニメーションの方が上と言うひともいて、その判断がまだ私にはついていない。
 この展覧会を見て、人を描くなら実写、世界を創造するならアニメーションだろうか、と思った。この世界のしがらみのなかで生きる人間を活写するならば実際の人間が演じるというのはその作品に力を与えると思うし、現実とはまったく別の独自の世界を描こうとするとき、物理的制限のないアニメーションというのはとても有効な手段なのだろう。

 最近の私にとって映像というのはとても興味深い世界なので、その製作過程の一端を覗けたのは刺激的な経験だった。アニメーションに限らず、映像作品を作るということ、ひとつの世界を新しく構築するということに興味のある人は、見て損のない展覧会だと思う。作品の世界観を作るというのがどういうことなのか、少しだけわかる気がする。
2010.08.10