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「インセプション」
Inception
2010 年 アメリカ
監督 : クリストファー・ノーラン
キャスト : レオナルド・ディカプリオ / 渡辺謙 / ジョセフ・ゴードン=レビット / マリオン・コティヤール / エレン・ペイジ / トム・ハーディ / ディリープ・ラオ
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 普段は夢のなかに入りアイデアを盗みだす<エクストラクト>を生業とするコブは、それとは逆にアイデアを標的に埋め込む<インセプション>を依頼される。
 インセプションは不可能、もしくは途方もなく難しいと言われる作業だが、コブは引き換えにと提示された報酬のためにその不可能に挑もうとする。

 詳しいあらすじを語ってしまうのはもったいない映画なので、ここではあまり深くは触れない。よく練られた設定はうまく整頓され、決してむやみに観客を混乱させるようなまねはしない。頭を働かせながら、興奮と面白さを芯から楽しめる映画だ。気楽に観られる娯楽作品に飽きて脳への刺激が欲しくなった時に最高の映画だと思う。
 私は、「インセプション」を観終わった後、奇妙な浮遊感に包まれた。この映画のなかで度々提示される疑問、「ここは現実なのか? 夢ではないのか?」に取りつかれた。ぜひ、非日常空間である映画館で観て欲しい映画だ。映像の迫力を楽しむという以上の意味があると思う。

 ストーリーの本筋である<インセプション>の具体的な方法について語るのはルール違反になるので、主人公であるコブの抱える過去に負った心の傷ついて書きたいと思う。
 映画の後半からは舞台が夢のなかとなるが、そこでコブの深層意識が陥穽となる。他人の夢にもぐる彼らは本来夢のなかで世界を思うままにできるのに、深い傷を抱えているコブは深層意識が表出する夢のなかで自分の傷から生まれる障害を制御しきれない。
 夢のなかで自らの深層意識に翻弄されるコブを見て、夢には自分以外の存在は決していないのだということを考えた。夢のなかで対峙するものはすべて自分自身以外にはありえない。夢に翻弄されるということは、自らに翻弄されるということと同義なのだ。
 コブが、過去への深い拘りと確執、そして心に抱き続けている野望と向き合い夢の世界から現実へと回帰していく過程が、この映画が<インセプション>計画に並ぶもうひとつの筋となる。

 理解するには真剣に観ざるおえず、真剣に観ればきちんと楽しめる、良い映画だ。観客を過度に甘やかさず、かといって置き去りにもしない、プロの仕事だなと思う。
 また、コブたちと<インセプション>計画の標的であるフィッシャーの関係もとても興味深いものだった。「感動」という言葉が安く語られる昨今の映画界で、「他者に作られた感動」「他人の感動を無感動に俯瞰する」という構図は素晴らしい。
 個人的には、コブが最後の最後になってモルに示した幸福と救いの言葉が、唯一少し泣きそうになった場面だった。
2010.08.16