初版:2005 年 10 月 光文社
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元銀行マンにして現タクシードライバーの牧村伸郎、四十三歳。たった一回の失言が原因で銀行をやめてしまった伸郎は、家庭でも仕事中にも、「あの時あの一言を言わなければ」と夢想する。やがてその夢想はさらに新人時代、大学時代へとさかのぼってゆく。
その伸郎の毎日は三つに分けられる。仕事、家庭、そして夢想。要領のつかめないタクシー稼業と、妻子との会話がはずまない自宅、そしてそのふたつに追われるようにして野放図に広がっていく、過去を思うばかりの空想の時間。
タクシー運転手となった伸郎は、自分のこれまでの人生を車で走った道になぞらえて振り返る。銀行をやめるきっかけとなったあの一言を言わなければという後悔から始まり、結婚、就職、部活動と、これまでに曲がってきた曲がり角に思いを馳せる。
この夢想が、やたらと甘い。
私が女だからなおさら思うのかもしれないが、伸郎の夢想はとにかく自分に都合がいい。原因は妻、恋人、母親と、周囲の女にばかり求めたがる。傲慢さよりも愚かしさを感じる情けない想像ばかりだったから苛立つことはなかったけれど、代わりに心底呆れ返った。
その呆れが嫌悪にまで発展しなかったのは、伸郎が自身の心を夢想に浸らせると同時に、自分がどれだけ愚かかを自覚してもいたからだ。そうでなかったら、見放してページを閉じてしまっていたかもしれない。
軽妙な文体と読みやすさ、ページを繰る手が止まらなくなる面白さ。そしてそのなかに練り混ぜられた、会社という枠組みの息苦しさ、それでもそのなかで生きねばならない閉塞感。『神様からひと言』でも思ったけれど、サラリーマンの持つ葛藤の描写がうまい作家だなあと思う。
文庫本で三百ページというのは少し長すぎたのじゃないかな、とは思う。引っ張りすぎてせっかくの布石が間延びしてしまった感じもあった。けれど、自分が築きあげてきた四十三年という時間、人生における初めての「曲がり角」から数えても三十年近くの自分の半生に、ひとつの答えを出すには、やはりこれだけの「回り道」が必要だったのかもしれない。
自分の抱いていた夢想に現実を突きつけられ、同時にその傍らで、退屈な現実のなかに夢を見つけたりもする。そうして伸郎は気づく。
人生はわからない。自分の人生も、他人の人生も、誰にも読めないし解き明かせもしない。どれだけ過去の人生を振り返り分析してみたところで生きてはいけない。過去の自分はしょせん他人。今の自分で生きるしかない。
挫折だ希望だというほど大きなものではなくて、「まあ、生きていってみるか」という、力のぬけた、あっけらかんとした前向きさを感じられる小説だった。