初版:2004 年 4 月 光文社
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「臨場」とは、事件現場に踏み込み初動捜査に当たることをいう。自殺、他殺、事故のはっきりしない死体が出たときに呼び出され、その判断を下すのが検視官だ。度外れな検視眼で「終身検視官」の異名を取る倉石を主軸に置いた、八つの短編である。
とにかく、倉石の人物造形がいい。組織に媚びない無頼の検視官。上司にも敬語を使わず、不審ありと思えば命令にも背く。上からはうとまれながらもそれをはねつけるだけの実力と実績を持ち、下からは信奉者が絶えない。職人気質の一匹狼。
これでもかと、魅力的な要素をつめこんである。警察小説ではあるけれど、倉石自身は警察官というよりも名探偵という呼び名がふさわしい慧眼の持ち主だ。
そんな倉石は、亡くなった人のために検視を行う。「検視で拾えるものは根こそぎ拾ってやれ」。作中での倉石の言である。
八編の小説に登場する遺体には、それぞれの事情がある。なかには悪意や人の闇に閉ざされた話もある。同時に、ほんのり笑えるユーモアのあるものから、涙を誘う物語も。もの言わぬ遺体に倉石が浅く深くかかわることで、遺された人々は真実にたどり着くことができる。
状況やトリック、なにより倉石という異彩の存在にリアリティがあるかと言えば、そうとは言えない。けれど横山秀夫さんならではの捜査描写の細かさが、それを支えている。
退任直前の刑事部長が個人的な相談を倉石に持ち込む「餞」と、倉石の情の厚さがほのみえる「黒星」が好きだ。