「失はれる物語」を読了しました。
乙一さんは「きみにしか聞こえない―CALLING YOU―」を2年前の1月(なのでほぼ3年前)に読んだきりでした。「失はれる物語」には「きみにしか聞こえない―CALLING YOU―」に収録されていた「Calling You」と「傷」が加筆修正されて再録されていました。
ラノベ出身ということもあって乙一という作家をそれほど評価していなかったというのが正直なところ。けれど、「失はれる物語」一作目の「Calling You」を読んで、こんなに切実な小説だったかと驚いた。3年前はたぶん、無意識にしろ色眼鏡で読んでいた気がする。
収録されている8つの物語はどれも一人称で話が進む。たったひとつの視点で物語は進んでいく。けれど、語り部にあたる彼ら彼女らは自分の感情をむやみやたらに吐露したりしない。むしろ、どの物語でもただ淡々と事実を書き記していくだけだ。痛い、苦しい、そういう言葉を使うときも、ただ事実として痛みがあるからありのままにそう語るだけで、自分の痛みを振りかざしてなにかを憎んだり同情を買おうとしたりはしない。
それはきっと、それぞれの語り部たちが皆、その痛みにあまりにも慣れすぎているからだ。痛い、苦しい、そう声をあげて叫ぶことはそれまで痛みを知らなかった人間だからできることだ。それを日常として生きてきた人間は、どうしようもないものと信じて痛みを受け止めている。だから、ことさらに声を張り上げるということがない。
さらに言えば、敏感すぎる人々にとっては、無神経に痛いつらいと叫ぶこと自体がむずかしいことなのだ。
だから彼らはただ事実を語る。それ以上のことはできないし、だからこそ読み手として彼らに触れるとその痛々しさが胸に迫る。
時間がたったおかげか、私はもう彼らの痛みを自分と重ねてみるようなことはできない。彼らの痛みがやわらぐ日が来ることを知っているし、大丈夫だよと声をかけて欲しい立場から声をかけてあげたいと思う立場になった。
ただそこにある事実を積み重ねていく乙一さんの小説の書き方は、どろどろした感情が渦巻いていなくて、からからに乾いていて、洗いざらしのシーツのようだ。それは潔いほどきれいだけれど、そのぶん彼らがそんな風になってしまうまでの過程を想像してしまう。語り手たちはみんな人間だ。もっとぐずぐずと自分の感情を泣き叫んでいいはずだ。
けれどそれをできない弱さと、しない優しさを持っている。そんな彼らがふと口元をほろこばせて安心して自然と笑う瞬間。人間くさい湿っぽさを取り戻すそんな一瞬までのつらくて暗い時間を、乙一さんは丁寧にくみ上げる。
乙一さんは「きみにしか聞こえない―CALLING YOU―」を2年前の1月(なのでほぼ3年前)に読んだきりでした。「失はれる物語」には「きみにしか聞こえない―CALLING YOU―」に収録されていた「Calling You」と「傷」が加筆修正されて再録されていました。
ラノベ出身ということもあって乙一という作家をそれほど評価していなかったというのが正直なところ。けれど、「失はれる物語」一作目の「Calling You」を読んで、こんなに切実な小説だったかと驚いた。3年前はたぶん、無意識にしろ色眼鏡で読んでいた気がする。
収録されている8つの物語はどれも一人称で話が進む。たったひとつの視点で物語は進んでいく。けれど、語り部にあたる彼ら彼女らは自分の感情をむやみやたらに吐露したりしない。むしろ、どの物語でもただ淡々と事実を書き記していくだけだ。痛い、苦しい、そういう言葉を使うときも、ただ事実として痛みがあるからありのままにそう語るだけで、自分の痛みを振りかざしてなにかを憎んだり同情を買おうとしたりはしない。
それはきっと、それぞれの語り部たちが皆、その痛みにあまりにも慣れすぎているからだ。痛い、苦しい、そう声をあげて叫ぶことはそれまで痛みを知らなかった人間だからできることだ。それを日常として生きてきた人間は、どうしようもないものと信じて痛みを受け止めている。だから、ことさらに声を張り上げるということがない。
さらに言えば、敏感すぎる人々にとっては、無神経に痛いつらいと叫ぶこと自体がむずかしいことなのだ。
だから彼らはただ事実を語る。それ以上のことはできないし、だからこそ読み手として彼らに触れるとその痛々しさが胸に迫る。
時間がたったおかげか、私はもう彼らの痛みを自分と重ねてみるようなことはできない。彼らの痛みがやわらぐ日が来ることを知っているし、大丈夫だよと声をかけて欲しい立場から声をかけてあげたいと思う立場になった。
ただそこにある事実を積み重ねていく乙一さんの小説の書き方は、どろどろした感情が渦巻いていなくて、からからに乾いていて、洗いざらしのシーツのようだ。それは潔いほどきれいだけれど、そのぶん彼らがそんな風になってしまうまでの過程を想像してしまう。語り手たちはみんな人間だ。もっとぐずぐずと自分の感情を泣き叫んでいいはずだ。
けれどそれをできない弱さと、しない優しさを持っている。そんな彼らがふと口元をほろこばせて安心して自然と笑う瞬間。人間くさい湿っぽさを取り戻すそんな一瞬までのつらくて暗い時間を、乙一さんは丁寧にくみ上げる。