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『“文学少女” と死にたがりの道化』 野村 美月
“文学少女” と死にたがりの道化
初版:2006 年 5 月 ファミ通文庫
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 物語を愛する“文学少女”の遠子先輩と、彼女が部長を務める文芸部に引きずり込まれた少年、心葉(このは)。ふたりきりの文芸部に持ちこまれた恋文の代筆依頼から、心葉は哀しく苦しい物語に対面することになる。
 太宰治の『人間失格』をモチーフに、自分という人間の底に人を理解できない“お化け”を押しこめて生きているひとの姿が描かれる。

 太宰の『人間失格』は深く心に残っている作品だけれど、この作品に登場する『人間失格』に感化された人々や彼らの起こした事件に対しては、共感はできなかった。
 作品というのは読み手の数だけ存在するもので、作者にとっての『人間失格』と私にとっての『人間失格』は、きっとまったく違う作品なのだと思う。

 ただ、そんななかでも、遠子が太宰の作品について怒涛の勢いで語るシーンに妙に目頭が熱くなった。
 本は、生きるのに必要なものではない。けれど同時に、一部の人々にとっては、本というのは「読む本があるうちは生きていてみようか」とまで思えてしまうものでもあるのだ。
 そんな考えが、ほんの数ページを読む間に激しい勢いで脳内をめぐっていった。これは作品に対する感想ではないけれど、文学を愛する遠子への強い理解と、その想いを作中でああして言葉にしてくれたことに対する感謝だ。

 「本」は読者それぞれにとって千差万別の意味を持つものだ。本そのものをモチーフに取るのは、本来は作家にとって作家生命を賭けた覚悟の要るものだと思う。
 野村さんにそういう覚悟を感じはしなかったけれど、それでも、こういう作品をきっかけに太宰文学を読むひとが生まれればいいと思う。
2011.03.08