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『フェルマーの最終定理』 サイモン・シン
フェルマーの最終定理
原題:Fermat's Last Theorem
翻訳:青木 薫
初版:2000 年 1 月 新潮社
>> Amazon.co.jp(新潮文庫)

 17 世紀のフランスに生まれ難攻不落の壁として数学界に鎮座し続けたフェルマーの最終定理。ピエール・ド・フェルマーの「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」という言葉で有名なこの定理は多くの数学者たちの挑戦をはねのけ続け、「証明不可能なのではないか」という疑いすら噂された。伝説的ですらあったこの定理が、350 年間の時をかけてついに証明されるまでを丹念に追う。

 小学校から高校に至るまで、私は数学が好きだった。数学者になれるような能力などないし、今センター試験を解いてみてもたぶん半分もできないと思う。それでも、機能的であると同時に素晴らしい芸術性をも兼ね備えたこの分野に、私は強い憧れと好意を抱いている。数学はほかのどの分野よりも「美しい」学問だと信じてやまない。
 そんな私にとって、高名なフェルマーの最終定理が証明されるまでをたった一冊の本で追うことができたのはとても幸福な読書だった。完璧な証明はこの世のものとも思えないような優美さを備えている。その素晴らしい瞬間に至るまでの途方もなく長い道のりを、擬似的にとはいえ辿ることができたのだ。

 ただし、この本は決して数学解説書ではない。ところどころで数式や用語は出てくるけれど、それは著者のサイモン・シンが充分にわかりやすく説明してくれる。身構える必要などどこにもない。
 これは、大昔に生きたひとりの意地の悪い素人数学者が残したほんの数行の書き置きに、その後幾人もの人々が数百年に渡って翻弄されるダイナミックかつドラマティックな物語なのだ。サイモン・シンの軽やかかつ真摯な語り口が、壮大な歴史ドラマに、そして人間ドラマに心地良く連れ去ってくれる。

 翻訳を行ってくださった青木薫さんも言っているけれど、アンドリュー・ワイルズがついにすべての問題を解決して証明を完成させるシーンには思わずぐっと涙がこみ上げる。純粋な感動の涙なんて、そうそう浮かばせる機会などない。ぜひ、この本を読んで貴重な一瞬を味わって欲しいと思う。
 フェルマーの最終定理を証明する上でもっとも重要な位置に日本人数学者がいたという事実が、この国の人間としてさらに深い感慨を与えてくれた。
2011.04.04