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『幻視街』 半村 良
 14 本の小説が収められている。うち一篇は中篇と言っていい長さがあり、他は掌〜短篇。どれも、現実からは大なり小なりズレた世界を舞台にしている。

 この小説で書かれているようなことはまず現実にはありえない。神がいたり、自然現象によって生まれたものが人体の一部とそっくりだったり、夢が現実を侵食したり。荒唐無稽と言ってもいいほどの世界が広がっている。なのだけど、それがなぜか妙にしみじみとしっくりくる。異世界感と現実感の絶妙な混じり合いが起こっている。

 中篇の「獣人街」はシリアスな雰囲気の強い一篇だけれど、他はコミカルなものも多い。掌篇作品に至ってはせりふだけで構成されたものが多く、二人の会話ないし一人の独白のみで一篇が完結している。
 いずれも 1975、6 年に雑誌に掲載された作品なのでときどき時代感の古さを感じるけれど、それは大した問題ではない。そんな些細な違和感は見逃しておくことが可能なくらい、展開される世界そのものがおかしい。

 こういう妙な小説を読んでいると、頭のどこかで何かのスイッチが切れる感覚、自分という水をたたえていた透明な器がぱっと消え失せる感覚がやってくる。それはたぶん、常識を測るためのメジャーが別の次元に迷い込んであてにできなく感覚だ。
 こんなことはありえない、と思いながら、でも 100 %否定することもできないのかなという気分になってくる。この現実で起こっているはずのないことなのだけど、この世界のなかの誰かひとりがひょっこりとこんな体験をしていたらと、そう想像する余地がほんのりとだけ残っている。いやいや、もちろんありえない話であることに変わりはないのだけれど、「でも」を考える楽しみがどうしてだかきちんと残されている。その少ないのに消えない余地が面白さを呼ぶ。

 私の書く小説を好きだと言って下さる方から頂いた本なのだけど、私から見て「自分の書くものと似ているな」と思う部分が多かったのが興味深い。
初版:1977 年 4 月 講談社
≫ Amazon.co.jp(懇談者文庫)
2013.01.01