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『丕緒の鳥 十二国記』 小野 不由美
 いまさら十二国記シリーズ自体の説明をしたものか迷うけれど、ほんのさわりだけ書いておく。21年前に第一作が刊行された十二国記シリーズは古代中国の世界を基に構築された異世界が舞台のファンタジーだ。十二の国からなる世界には、まれに蓬莱(日本)から人が迷い込む。突然この異世界へ連れて来られた女子高生・陽子がこのシリーズの中心キャラクターであり、第一作『月の影 影の海』の主人公である。
 作者・小野不由美さんの作り上げた世界は広大かつ緻密で、唯一無二の揺るぎない魅力を放ち続けている。当初は講談社のティーンノベルレーベルから発行されていたがその後講談社文庫でも出版され、昨年から新たに《完全版》と銘打たれ加筆修正のうえ新潮文庫から三度の刊行に至った。
 『丕緒の鳥』はシリーズ最新刊であり、本編からは離れた短篇集である。書き下ろし2篇を含む4篇が収録されている。

 十二国記のストーリーはぜひ実際に既刊本を読んで知って頂くとして、この短篇集の感想に必要な部分だけを簡単に書く。十二国記の世界では一国に一人の王があり、官を束ねて国を治める。王は天意を伝える麒麟(想像上の生物とされるあの麒麟であり、人型に転変することもできる)に選ばれ、王や官は仙となり、不老不死となって長く国に仕える。
 王とは天意を得て玉座に座る者であり、王がいるだけで国の気は治まり、王が不在になればそれだけで信じがたいほどの災禍が起こる。王が道を誤り悪政をしけば、幾万の民が容易く死んでゆく。
 王と高官の住まう王宮は、雲を貫く凌雲山の頂きにある。この世界では王は言葉通り「雲の上の存在」だ。シリーズ本篇では各国の王が主人公にいるので、物語は主に下界とは完全に隔離された雲の上の世界で展開される。

 この短篇集では、そうやって進んできた十二国記シリーズにおいて、雲の下に住まう人々が主人公となっている。登仙した官ではあるが雲の上で働くほど高位ではない者、街で商いをし、村で田畑を耕す人々が登場する。
 そこで営まれているのは、この世界と比べれば充分に奇異ではあるものの、決して激しく乖離はしていない生活だ。悪政に苦しみ、憤り、王の不在によって郷里が荒れれば守りたいと思い、王の暴虐で家族が死ねば嘆き苦しむ。
 彼らにとって王とは姿の見えない、しかし正しく政を行っていてくれなければ自身の死にもつながる、途方もなく巨大で恐ろしくも頼もしくもある存在だ。民にとって王とはただ王であり、個人ではない。王は民を生かすためだけにあるのであり、是非も可否もなく万能を期待せざるを得ない者だ。そうあってくれなければ、自身や自身の近しい者は易々と死んでしまう。

 王が個人として現れ自身の背負う一国という重荷に苦しむ姿がカタルシスであるシリーズ本篇では生まれ得ない視点が、民を主人公に置くことで現れてくる。4篇ともに、王が不在であったり王が道を踏み外した国を描いている。王というものがどれだけ民を左右し、苦しめも、希望を与えもするか。それが、既刊本のいずれとも違う生々しさでまざまざと活写される。
 王というたった一人の人間が民にとってどれほど巨大かつかけがえのないものか、もっとも弱く無力なものの目から見つめられる。

 十二国記の世界はこの短篇集の前から信じがたい緻密さを持っていた。しかしこの1冊に収められた4篇によって、雲の上にあった物語の世界は改めて地に根づいたように思う。世界のすそ野が広がり、架空の世界はその存在感をますます増した。
 シリーズを愛する多くの人々に読んで欲しいのはもちろん、十二国記をまったく読んだことのないひとにも、この1冊を理由にさらに確信を持って十二国記を薦められるようになったと感じる。十二国記の世界は広い。読者の想像などとても追いつかないほど広い。だからより多くのひとがこのシリーズを読んで、それぞれにこの世界を巡って遊べばいいなと思う。
初版:2013年07月 新潮文庫
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2013.07.26