本 > 海外小説
世界の見方を伝える本と、新訳が持つ可能性 『星の王子さま』 サン=テグジュペリ
 2009 年に内藤濯訳の『星の王子さま』を読んだ。その時は、この一篇の児童書がこうも広く人々に愛されている理由がわからなかった。読んでみて、なんとも思わなかった、というのが正しい。
 今年に入ってサン=テグジュペリの『夜間飛行』を読んで、あれ、と思った。いくら『星の王子さま』は子供向けに書かれたものだとはいえ、こんなに素晴らしい作家の作品があんなに響かなかったのはおかしいと思ったのだ。
 そこで、池澤夏樹訳の『星の王子さま』を読むことにした。翻訳小説が訳者によってその雰囲気をまったく変えることは当然のことだし、『夜間飛行』も堀口大學さんの訳文の美しさが作品の評価をかなり上げていることは間違いない。池澤夏樹さんの文体は、オリジナル小説を 2 冊読んだ経験から、多数出ている訳のなかでもっとも相性がいいだろうと思った。

 予想は当たった。池澤訳で読んだ『星の王子さま』は何気なく現れる一文に真実を感じて、胸の底まですとんとありのままに落ちてきた。他人の言葉を素直に受け入れるのは才能だと思う。私はそんな才能にあまり恵まれていない読者だけれど、池澤さんによって伝えられたサン=テグジュペリの言うことは、なぜか言われるがまま、そのままに、「そうだな」と頷いてしまった。

 池澤訳の『星の王子さま』は文庫にもなっているが、迷ったすえにハードカバー版を買ってみた。ハードカバーとはいっても短い一冊だからもちろん厚みはなく、サイズも小さい。青い布装幀に金の箔押し文字が美しい。文中にたくさん入るイラストがカラー刷りなのもうれしい。

 この機会に内藤訳の『星の王子さま』をほんの少しななめ読みしてみた。そして、小学生くらいの子供が読むのならたぶん内藤訳の方が読みやすいんじゃないだろうか、と感じた。池澤訳は『星の王子さま』が大人に受け入れられている童話であることを前提にした訳なので、純粋に子供のための児童書として訳した内藤訳の方が、児童書の型を守っている。

 『星の王子さま』には人生が描かれている。生きることそのもののお話である。誰にとっても当たり前のこと、だから誰も意識していない、しかし当たり前のはずなのにいつでも簡単に見失われてしまうことが書かれてある。
 世界がもう何ものでもなくなって自分の存在をつらく感じた時、開く本だと思う。
Le Petit Prince
翻訳:内藤 濯
初版:1953 年 3 月 岩波少年文庫
≫ Amazon.co.jp
翻訳:池澤 夏樹
初版:2005 年 8 月 集英社
≫ Amazon.co.jp
2013.03.03