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『レオポルド・ブルームへの手紙』
 小学五年生の少年は、学校の授業で「手紙を書こう」と言われる。宛先は「誰でも、読んでくれそうな人に」。少年は一心に鉛筆を走らせ始める。「囚人さん、僕はレオポルド・ブルーム」。複雑な自己の生い立ちを紹介をしながら、「会うことがないと書きやすいですね」。
 囚人は返事を書く。「僕の手にだけでなく心にも届いたよ」「手紙をもらうのはいい事だ だから返事を」と。
 少年と囚人、ふたつの物語、ふたりの人生が互いに進んでゆく。手紙がふたつをつなぎ、やわらかく、途切れない、ひとつの川のようにふたりの時間が流れてゆく。川にはいくつのも表情がある。時々刻々に千変万化する川は、しかし必ず繋がっている。

 誰でもいいから、読んでくれそうな人に手紙を書いてみよう。正直に、なおかつ面白く。そう言われて、父でなく、母でなく、見も知らぬ囚人に宛てて手紙を書くレオには友達がいない。レオの母は、過去の過ちによって荒みきった日々を送っている。口を開けばレオに対する呪詛がもれる。愛でなく呪いを与えられて育つ子供がどうなるか、見たくない世界が展開される。
 レオは静かだ。それは、無邪気さ、無条件の信頼、底なしの安心感といった、子供には必ず与えられるべき特権を何一つ与えられなかった人間の持つ静けさだ。ほんの一瞬甘えることさえレオには許されない。

 スティーブンは十五年の刑期を終えて出所し、食堂で働き始める。その環境は決して恵まれてはいない。顔を合わせて早々に「病欠なんかないと思え」と言い放つ店主ヴィック、我が物顔で店にやってくる悪質な常連客のホレス。ウェイトレスのキャロラインはホレスに目をつけられていて、いいようにいたぶられている。
 底辺のような場所で、スティーブンは口数少なく物静かに食堂のキッチンに立つ。
 静かだが、おとなしくはない。暴力で周囲を支配しようとするホレスに凄まれても、スティーブンはぴくりとも動じずただ見つめ返す。彼はどこか異質だ。彼が十五年間刑務所にいたのは殺人のためである。
 そこでも、スティーブンは夜な夜な机に向かい、デスクライトの下でえんぴつを動かしている。レオに手紙を書くために。

 妬み、嘘、騙し、誤解、間違い、憎しみ、暴力、偶然。苦しみの元となる出来事が、レオとスティーブンの人生には数多く起こる。レオは言う。「僕の人生は生まれる前に始まった」。レオの人生は、生まれる前から呪わしいものとして始まっていた。自分の言動が何一つ関知しない場所で自分の人生が決められるというのは、どんな気分になるだろう。絶望も失望もできず、ただ受け入れるしかないに違いない。取り返すことはできない。失われた時間は、彼がまだ知りもしないうちに永遠に取り上げられたのだから。
 スティーブンはレオを救いたいと願う。そうすることはスティーブン自身の救いでもある。

 少年は大人になる。大人はもう一度この世に生まれる。ふたりにはそれぞれ自分の時間が流れる。ふたつの流れは互いに救いを与え合い、ひとつのうねりとなってさらにまた流れてゆく。
 複雑な物語だ。一度観ただけの今はまだたくさんのことがわからないままでいる。スティーブンの考える救いが本当に救いであるのかさえわからない。絶望や諦観なのじゃないかとも感じている。それでも、盲になってしまいそうな悲しみのなか、立ち止まらず、向かい合い、考え続け、願い続け、書き続けたふたりの姿は、いつまでも心臓の水面を揺らし続けてやまない。
2002 年 | イギリス・アメリカ | 103 分
原題:Leo
監督:メヒディ・ノロウジアン
キャスト:ジョセフ・ファインズ、エリザベス・シュー、ジャスティン・チェインバース、
デボラ=カーラ・アンガー、メアリー・スチュアート・マスターソン
≫ eiga.com
2012.12.02

 どうしても一度では自分がこの映画のなににこうも頭を締めつけられるのかわからなくて、もう一度観た。

 愛されないというのは愛することを許されないということでもある。特に、子供が親に愛されない場合には。それは、無償の愛を親に感じざるを得ない子供にとって、どれほどの苦痛だろう。愛しているのに、どうしても愛しているのに、それを表すことを許されない。

 レオも、スティーブンも、何一つ罪を犯していない。なのに罰だけが降りかかる。レオは親への愛を理不尽に奪われ、スティーブンは不当な巡りによって十五年の囚人生活を送った。
 彼らの人生はあまりに強い非条理な力で一方的に組み立てられてゆく。彼ら自身には一切の選択肢が与えられないままに。

 だから、だからこそ、彼らの生きる姿に感動の震えが止まらない。
 自分には何の責もない過酷過ぎるほどの自らの生を、真正面から、逃げず、たゆまず、受け止め続ける姿がこの映画にはある。その静けさ、強靭さ、揺るがなさ、そして愛が、どうしても私の心臓を捕らえて離さない。
 何度観ても飽きることはないだろう。自分の生を生きるということの不変の美しさがここにある。
2012.12.04