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『レ・ミゼラブル』
 中学生の時、『レ・ミゼラブル』のミュージカルに心酔しているクラスメイトがいた。彼女はなぜか私に強く『レ・ミゼラブル』を薦め、CD をカセットテープにダビングし、たくさんの歌詞を手書きで書き写してくれた。なぜ私が彼女のお眼鏡にかかったのかはわからない。本を読む人というイメージは当時から定着していたから、私にはこの大作を理解するだけの素地があるだろうと踏んだのかもしれない。でも、私はその期待には応えられなかった。もらったテープは義務感からせめて一巡は再生しようとしたけれど、確かそれすらできず、聞き終えないままどこかへやってしまった。
 その罪悪感が、私に『レ・ミゼラブル』というタイトルを強く記憶させた。映画館で予告篇を見た時、「観なければ」と思った。成長すると共にこれがどれだけのビッグタイトルかを知って、興味も湧いていた。

 19 世紀前半のフランスで、たった一本のパンを盗んだ罪で 19 年間投獄されたジャン・バルジャン。長い囚人生活で猜疑心と塊と化した彼は、仮釈放中に温かい食事と宿を与えてくれた司教のもとから銀器を盗み、姿をくらまそうとする。朝には警察に捕まって司教の目の前に突き出されたバルジャンだけれど、司教は「銀器は私が彼に与えたものだ」とバルジャンをかばった。司教の信仰に触れて、バルジャンは自らの生き方を変える決意をする。
 タイトルの「レ・ミゼラブル」とは「悲惨な人々」、「哀れな人々」を意味する。一日働けなければ食いつなぐことができず、髪を売り、歯を売り、体を売って生きることになる。フランス革命という大きな時代のうねりのなか、不遇な人生を抱えながら、なおも深く人を愛そうとする人々を描く。

 ビクトル・ユーゴーの小説を原作としたミュージカルの映画化。ミュージカル映画は何本か観たことがあるけれど、この映画はほぼすべてのせりふが歌というミュージカルとしての徹底ぶりが他とは違った。たいていのミュージカル映画は普通のせりふによるシーンの合間に歌のシーンが挟まれるという構成だけど、『レ・ミゼラブル』では始まりから終わりまで歌が続く。映画としては長尺だけれど、語られるエピソードの多さからすると駆け足の感は残る。
 ミュージカル映画が苦手なひと、長尺の映画が苦手なひとにはたぶんとっつきにくいだろうと思う。映画向きに調理し直されてはいないから、「映画とミュージカルの中間くらいの映像作品を観に行く」というつもりでいないと疲れてしまう。

 しかし、これだけの時間をかけて見つめ続けるだけの価値がこの物語にはあると思う。無償の愛、報われない愛、自らの命を引き替えにした愛。この世にある何ものよりも尊いものとして描かれた無数の愛の交錯たち。それを目前にしてゆさぶられた心は、自分でも驚くほど透明の涙となって胸からあふれてくる。
 バルジャンと、彼がその人生において行き合った人々の姿を見て、生き方が変わるという予感がする。

 もう一度観たい、という気持ちもあるけれどそれ以上に、叶うことならばいつか舞台でミュージカルを観たいと思う。
2012 年 | イギリス | 158 分
原題:Les Miserables
監督:トム・フーパー
キャスト:ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイ、アマンダ・セイフライ、エディ・レッドメイン
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2012.12.25