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『見知らぬ町』 坂東 眞砂子 [磯 良一 画]
 坂東眞砂子さんの『見知らぬ町』を読んだ。この本が出ている岩波書店のCoffee Booksレーベルのコピーは「文学とビジュアルが切り結ぶ、おとなたちへの贈り物」。絵本というほど多くはない、一話につき一枚から二枚程度の挿絵が入っている。画は磯良一さん。
 以前読んだCoffee Booksの『水族』(星野智幸)が印象的で、店頭で同じレーベルのこの本を見つけて手に取った。

 全九篇の掌篇が収められている。帯文の「見慣れたはずのその町が、ある日突然、別の貌を現す」という一文が示す通り、平凡なはずの日々がどこかでくるりとひっくり返る、その一瞬を切り取った掌篇集である。
 昨日と同じだったはずの今日、今日と同じはずの明日。それが唐突に、前触れなく、脈絡なく裏切られる。それは不可思議な現象によることもあれば、自身の心の内から滲み出てしまった何ものかによる世界の見え方の変化でもある。

 どこか暗く、いびつな物語たちで、さまざまな意味での「生」が失われる話も多い。喪失は同時に再生を示すこともあるが、また同時に確固たる喪失でしかあり得ない時もある。どちらかといえばこの本には、後者が多く描かれる。
 恐怖やおぞましさはないが、癒されようのない悲しみや絶望がある。「幸せな日々」という一篇を読み、「自分は幸せだ」と思い込もうとするより絶望を受け入れてしまう方が安堵できる、このことこそが絶望なのだと、そんなことを思った。

 独特のデフォルメをされ、限られた線と色で描かれる磯さんの画が、坂東さんの物語を広げ、最後にはやはりひっくり返す。
 印象的なのは、表紙の画が本文中にも見開きで入れられ、それが天地逆に使われていることだ。メビウスの輪の上を歩く太古から現在までの生物たち。この世の世界は巡り、終わって、始まり、上も下も、裏も表もない。表はいずれ裏になり、裏はやがて表へゆく。これはあの世とこの世の物語である「転生」という一篇を想起させもする。

 世界とは、外界を認識する人間の脳が、人のひとりひとりの脳が認識するものだ。誰かと共有できない世界を認識してしまった時、人は人々の間から抜け落ちて、世界の裏側へ行ってしまう。
 この本に描かれているのは、決してそういった認識の左右による物語だけではないのだけれど、明白に異世界を描いた話より奥深く印象に残るのは人の脳ひとつで世界が裏返る物語だった。そういった物を読む時、私もまた、世界の裏側の可能性、あるいは自身の脳が騙されている可能性を示される。
初版:2008年11月 岩波書店
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2014.06.29