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『王妃の離婚』 佐藤 賢一
 直木賞受賞作にはまっていた時期があった。エンターテインメント性の高さが好きで、直近の直木賞受賞作をひと通り読んでみようとしていた。振り返ると 6 年前のことだ。これはその時に買った一冊。
 6 年の間に本の趣味は変わった。『夜間飛行』の詩文のようなうつくしさを持つ文体に触れた直後だったからなおさら、読み心地の軽さに少しとまどっていた。
 けれど、だからこその面白味がやっぱりある。

 佐藤賢一さんの文章は読みやすい。ぐいぐいとのめり込まされて、その読みやすさと面白さに飛ばし読みしそうになるのを、精一杯の自制心でセーブしなければいけない。登場人物たちのくせのあるキャラクターづけと俗なせりふ回しは、小説というよりコミック的ですらある。描写からは情景がまざまざと浮かんできて、文章がほとんど画のような即物的表現力を持っている。文庫で 400 ページを超えるけれど、決してその長さを感じさせない。
 重みや厚みはない。が、この身軽さだから生まれる読者の顔をにやけさせるような直接的な面白さを、物語全身がまとっている。

 舞台は 15 世紀のフランス。フランス国王に即位したルイ 12 世は、国王になるや 20 年以上婚姻関係にあった妻ジャンヌに離婚訴訟を突きつけた。国王優位のまま形だけで終わるはずだった裁判は、ジャンヌが離婚を拒んだことでにわかに騒ぎ始める。
 かつてカルチェ・ラタンでその名を知られた学生であったフランソワは、前々王であったルイ 11 世にパリを追放され、故郷ブルターニュに逃げ帰り弁護士で生計を立てていた。自らの学問の道を鎖した憎き暴君であったルイ 11 世の長女である王妃ジャンヌの無様な姿を見物するために離婚裁判に出向いたフランソワは、しかし裁判のあまりの不正ぶりに学生時代の正義感を刺激され、ジャンヌの弁護士として立つ。

 知性ある人間の持つ譲れないプライドのあり様、中世フランスという遠い世界における裁判の様式、フランソワの傲岸さとジャンヌの潔癖な強さ、民衆の放つ下世話な俗っぽさ。様々なエンターテインメント性の要素を散りばめながら一気呵成に突き進む序盤から中盤にいたるまでの痛快な裁判ゲームは、否応なしに読ませてくれる。不正にあぐらを書いて大上段に構えた検事を飄々をやり込めるフランソワの姿に快感を覚えずにはいられない。
 そして、ページが増すにつれ現れてくるそれぞれの登場人物の悲しくもろい人間性。コミカルでさえあった裁判シーンから、物語の主眼は徐々に人間の持つ弱さや意地に焦点を変えてくる。共に裁判を闘うなかで確かな絆を深め合ってゆく弁護士と王妃の姿が、弱さにまみれているからこそ、やさしく光り輝いて見える。

 物語の骨子だけを取れば、意外性や独自性はあまりない小説である。物語の顛末には多くの読者が途中で気づくだろうと思う。
 けれど、舞台を中世フランスに据えたことで目先ががらりと変わり、さらに作者の持つ知識によって小説でありながら当時の世俗的な文化までが垣間見え知的好奇心が心地よく刺激されること、文学とエンターテインメントのバランスを絶妙に取り得ていることが、この一冊に無二の面白さを与えている。
初版:1999 年 2 月 集英社
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2013.01.26