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『ピエール・リヴィエール 殺人・狂気・エクリチュール』 ミシェル・フーコー 編著
 19 世紀フランスの農村で、二十歳の青年が実の母と妹弟を斧で打ち殺した。この本は、ミシェル・フーコーがこの事件を題材に行った講義の記録だ。タイトルの「ピエール・リヴィエール」とは、この殺人を犯した青年の名前である。ピエール・リヴィエール本人による手記を含む事件資料が第一部を、フーコー及び受講者による論考が第二部を構成する。

 私が最初にこの本に惹かれたのは表紙とタイトルによってだった。絵画のような趣のある暗い写真、「リヴィエール」という名の響きや「殺人・狂気・エクリチュール」という語の魅力。子供じみた趣味であることは重々承知だけれど、私は「この表紙とタイトルの本を読む」という体験をしてみたかった。
 犯罪者の精神医学に関する学術的な文章を読むという能力は私にはない。なので、第二部にあたるフーコーらの論考についての感想はとてもじゃないけれど述べられない。その上で、この本について感じたことを書き留めておきたい。

 残虐行為に一種の吸引力を感じる私にとって、その行為者自身による文章を読むことができるということは大きな魅力だった。この本を読むことを決めた一番の理由は犯罪者本人の手記を読むことができるということだった。誰も他人の心のうちをそのままに感じ、理解することはできないけれど、それでもその一端に触れることができるならばそれはとても興味深い。
 2 世紀前のフランスという時間的にも地理的にも遠い場所で起きた事件の手記は一種のファンタジーめいて、読んでいる間中、非現実感が頭を覆っていた。けれど、時々自分に「これは現実に起こった事件だったのだ」と自分に言い聞かせては、そのおぞましさに息を飲んだ。

 ピエール・リヴィエールは不仲な両親の元に長男として生まれ、身勝手な母がいなければ父と祖母は幸せになれると考え、母と母の味方をする妹を殺した。さらに、父がこの犯罪によって処刑されるだろう自分の命を惜しむことがないようにという理由で、父が最も愛していた弟もまた殺害した。
 破綻した思考と、それを実行に移してしまえる奇妙な行動力。さらに、執拗に頭部を損壊して三人を一度に殺害したという偏執さが、ピエール・リヴィエールの異常さを示しているように思われる。

 しかし、当時行われた精神鑑定では、ピエール・リヴィエールは狂人であるという説と正常な人間であるという説の両方が存在した。食い違い、矛盾し合う論述が相互に繰り返され、混乱が重なってゆく。当時の微妙な世情も影響し、ピエール・リヴィエールの事件は特殊な経過を辿る。

 学術的な面でこの本の内容を理解することはとてもできないけれど、犯罪ノンフィクションに関心のある私には益のある読書を提供してくれる本だった。蛇足だけれど、表紙の魅力と同様に、本文で使われた字体や本文の組み方がうつくしい本でもあった。
初版:2010 年 8 月 河出文庫
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2012.01.09