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『ルポ 最底辺――不安定就労と野宿』 生田 武志
 2010 年度の一年間を、私は派遣アルバイトをこなして過ごした。時給は高かったし、実家暮らしで生活に困る要因はなかった。それでも「次の仕事がいつあるかわからない」という決して拭えない不安感は強いストレスだった。あの日々には戻りたくないと思う。けれど同時に、日雇い労働でその晩その晩寝る場所を変える生活にだって、いつなってもおかしくはないとも思う。

 大阪に、日本最大規模の寄せ場である釜ヶ崎という街がある。寄せ場というのは、日雇労働者が仕事を求めて集まる場所のことだ。
 著者は大阪の釜ヶ崎で実際に日雇労働者として働いた経験を持つ。やむにやまれずそうなったのではなく、釜ヶ崎という街を知り、日雇労働者たちのことを知るために進んでその世界に足を踏み込んでいった。そこで著者が見たことが順繰りに、丁寧に説明される。日雇労働の仕組み、働く者たちの一日、怪我をしたらどうなるか、景気によってどこまで生活が左右されるのか。
 同じ日本の現代の話とは思えないような壮絶な逸話が続く。時代と共に話はさらに進む。

 寄せ場という形態は派遣労働へとシフトしてゆく。携帯電話で仕事を割り振られ、指定された場所へ行き、肉体労働を一日こなす。夜はネットカフェで眠る。寄せ場というひとつの街にあったものが、今日本全国へ広く拡散していると著者は言う。

 日雇労働で食いつなぐひとにとっては体がすべてだ。どこか体を壊して働けなくなれば、泊まる場所はなくなる。すると野宿者になる。一度野宿者となり住所を失ってしまえば、とたんに行使できる権利は減り、いっそう身動きがとれなくなる。

 とにかく、タイトル通りの日本社会における「最底辺」に生きる人々の様々な姿が記録されてある。もちろん、これはこの本の著者である生田さんの目に入った限りのことだ。これがすべてではないし、正しくない部分もないはずはない。けれど一人の人間がその目で実際に見、その体で体験してきたことばかりが書かれているのだから、重みと言おうか、肉薄した生々しさがはっきりとある。
 だからこそ解決法を真剣に考えさせる力がある。読み応えも、読む価値もしっかりとある本だった。

 ここに書かれていることを他人事とは思わない。いつ誰が仕事と家を失っても、決しておかしいことはない。
初版:2007 年 8 月 ちくま新書
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2012.01.09