その他 > ブックイベント
第17回 不忍ブックストリートの一箱古本市
 谷中・根津・千駄木、通称〈谷根千〉を舞台に展開される一箱古本市(公式サイト)。全国各地で開催されている一箱古本市の始まりがこの不忍ブックストリートの一箱古本市で、十周年を迎える今年は私にとっては三年目になる。
 今月引っ越しをしたために改めて自分の積読冊数と向き合うことになり、直前まで行くか行くまいか迷い続け、どちらかというと行かない方向に気持ちは傾き、しかし開始時刻を過ぎてから未練がましく公式サイトで出店主一覧を眺めてみたらやっぱりどうにも気がおさまらなくなってさっさと支度を済ませてずかずかと千駄木に向かっていた。
 過去二年は根津駅で下車してタナカホンヤさんをスタート地点にしていたけれど、今年はスタートが遅れたために全箱を回りきれるかが不安になり、それなら一番行きたい箱から、と、千駄木駅からまず特別養護老人ホーム谷中に向かった。

特別養護老人ホーム谷中
特別養護老人ホーム谷中 緑に囲まれた前庭の心地よさと昼過ぎのぎらぎらの太陽というギャップにいっそわくわくしながら、まずとみきち屋さんへ向かう。昨年のしのばず一箱古本市でファンになり、しかしその後ほかの古本市での出店タイミングと合うことがなく、一年ぶりに伺う。『野生の棕櫚』(ウィリアム・フォークナー、新潮文庫)と『落穂拾い・犬の生活』(小山 清、ちくま文庫)を購入。お会計後に少し話をしていたら「去年『機会の中の幽霊』を買った方じゃないですか?」と。覚えて頂いていたことに驚きつつ「まだ積読なんです、すみません」と言い訳していたら、「木村敏の『臨床哲学講義』も買っていったでしょう」と。さらに驚きながら「それは読みました、面白かったです」なんて言っていたら、「去年言っていたことを覚えていて。『(買う本を)感覚で選んでる』って言ってたでしょう」というようなことを言われた。体系的な知識がなく自分の勘しか頼りにできない本の選び方は私にとっては弱みに感じている部分なのだけれど、それがとみきち屋さんのような方の記憶に残るような発言であったことが妙に印象に残った。覚えていて下さったことが心から嬉しく、幸先の良いスタートに喜ぶ。
 書肆から羽さんでは『夜の香り』(古井 由吉、福武文庫)を買う。福武文庫が好きで、古井由吉さんの本はいずれ読みたいと思っていて、裏表紙のあらすじに「短篇連作」の言葉に惹かれて、購入。書肆から羽さんは他にも気になる本があり、機会があればまた箱を覗きたい。

COUZT CAFE
 ふらふらと箱を覗いていたら、駄々猫さんと出会う。今回は一日開催だから箱数が多くて大変だの、でもその分開催時間が伸びたのはいいの、鎌倉のブックカーニバルに行くの行かないのと慌ただしく話す。「往来堂のレモネードを飲むと本を読むスピードが2倍になるそうですよ! うそですけど」とそそのかされ、往来堂に着いたらレモネードを飲むと決める。

タナカホンヤ
タナカホンヤ くものす洞さんで物色していたら、他のお客さんと店主さんの「どうして『くものす洞』って名前なんですか?」「単純に、クモが好きなんですよ」という会話を耳にする。箱から、新潮文庫の『ダーシェンカ』『ダーシェンカ 子犬の生活』(カレル・チャペック)を持っているもので同じシリーズの『チャペックの犬と猫のお話』(河出文庫)を即決し、だいぶ迷ってから『日本〈汽水〉紀行』(畠山 重篤、文藝春秋)も購入することにする。この本と直接の関係はないけれど昨年行った三浦半島の小網代の森がとても気持ちのよい場所だったので、森と海が出会う場所に関する本というのが気にかかった。他にも何冊か気になる本があったけれどこの2冊に絞ってお会計。「私もクモが好きで」、と店主さんに話してみたら、「『たくさんのふしぎ』っていう月刊の本(?)に最近クモの話があって、よかったですよ」と教えて頂く。

根津教会
根津教会 昨年と同じような教会前の道路にテーブルが広げられている姿を想像していたら、道路には何もなくて驚いた。今年は中庭で開催とのこと。遮るもののないアスファルトの上で本を物色するのは暑くて大変だった記憶があったので「中庭かあ、ありがたいなあ」と呑気に考えていたけれど、いざ中庭に入ってみるとかなり手狭な感。大きな鞄を持って入るのが申し訳ない、と思いつつずいずい進む。5月16日に逗子で開催される「海辺の本市」、5月17日に千葉県柏市で開催される「本まっち柏」のチラシを受け取る。
 竜蹄堂さんで惹かれるままに『閉じた本』(ギルバート・アデア、創元推理文庫)、『冬の灯台が語るとき』(ヨハン・テオリン、ハヤカワ・ポケット・ミステリ)を手に持っていたら「両方読みましたけど、面白いですよ」と店主さんに背中を押して頂く。「海外小説好きな人なら面白いと思います」というお言葉に心のなかで(ごめんなさいろくに海外小説読んでないんです、でもこれから読むのでゆるしてください)と勝手に言い訳をつぶやく。

往来堂書店
往来堂書店 嫌記箱さんはとみきち屋さんと並んで「目を皿のようにして」覗いてしまう箱。ほとんどの本が気になるので絞り込むのに苦労する。「寄宿生」という言葉と目次の面白さ(各章の書き出しがそのまま目次になっている)に『寄宿生テルレスの混乱』(ムージル、光文社古典新訳文庫)を決め、Twitterのbotで知ってからずっと気になっていた詩人・八木重吉の『八木重吉全詩集』(ちくま文庫)の一巻、二巻を見つける。値段を確かめて若干ひるんだけれど、最近詩を読んでいないし、と、自分を鼓舞して購入。
 レモネードを買って飲みながら次のスポットに向かう。強めの酸味とハーブの味がとても美味しい。

コシヅカハム
コシヅカハム 悪い奴ほどよくWるさんで『兎』(金井 美恵子、集英社文庫)を見つける。「映画好きですか?」と唐突に話しかけられ、店主さんの映画度(?)の高さをTwitterで知っている身としては「好きです」と言い切るのが憚られもぐもぐ言っていたら、「友達が作っていて、無料なのでよかったら」と『名画座かんぺ』というフリーペーパーをすすめられた。ありがたく頂く。お会計の時に『兎』を指して「うさぎがすきで」と言ったら、「(動物の)うさぎが?」と聞き返されて、慌てて「いや、金井美恵子さんの『兎』が好きなんです」と訂正。

旧安田楠雄邸
旧安田楠雄邸 この場所の心地よさはいつ訪れてもピカイチだ、と思う。しかしいつでも本にばかり気を取られているのでその心地よさをきちんと享受できたためしはない。
 NITO BOOKSさんで『ピーターとペーターの狭間で』(青山 南、ちくま文庫)を買う。一度は目が滑ったものの、もう一度箱のなかを見なおしていたらなんとはなしに気にかかり、手にとったみたら「翻訳うらばなし」と帯にあったので、「なるほどだから『ピーターとペーター』か」と納得してそのまま購入。

古書ほうろう
古書ほうろう 『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』(石井 好子、暮しの手帖社)の単行本を持っているのでいつか『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』も単行本で欲しいと思っていて、だから今日も他の箱で文庫を見かけても買わずにいたのだけれど、こいぬ書房さんでこの文庫2冊が並んでいるのを目にしたら辛抱できず買ってしまった。文庫という本のかたちが好きなので。『東京の〜』も思わず一緒に。単行本版もまだ読んでないのに。
 ここで最後のスタンプを押して頂いたら、助っ人さんおふたりにものすごく申し訳なさそうに「すみません、スタンプラリー完走の景品がもう品切れで……」と謝られてしまった。時刻は15時頃だったか。今年の景品は手裏剣のかたちのクッキー(不忍ブックストリートのマスコットキャラクターの忍者・しのばずくんにちなんで)だったそうで、食べたかったなあとしゅんとしながら大丈夫です、大丈夫です、と言い古書ほうろうさんのなかに入る。
古書ほうろう 実は今回初めて古書ほうろうさんの店内の一番奥まで入った。毎年古書ほうろうさんをゴールにしているので、ここにたどり着く頃にはこの広さの古書店をじっくり見る体力は残っていない。買った本で体積もふくれているので、棚の間が狭めの古書ほうろうさんのなかに入るのは他のお客さんに気後れもする。今年は「買う冊数を控えめに」を念頭に置いて買っていたので冊数は例年の半分ほどで、まだ体力と身幅に余裕があった。つらつらと棚を眺めていたら『ノスタルギガンテス』(寮 美千子、パロル舎)を見つけて今日一番の速さで手を伸ばした。大好きな本で、読んで欲しい人がいたのでその人に譲ったのが二、三年前。いつか見かけたら再購入しようと思っていた。
 引き続き古書ほうろうさんの店内を巡っていたら入り口の方から「スタンプラリーを完走された方で、景品が品切れになったと言われた方いらっしゃいませんか〜」と声が聞こえてきた。急遽、前年の景品の在庫などを集めて完走者に配ってくれるという。ありがたく列に並んで、ノートやコースターなどのセットを受け取った。使う使わないは別にして、最後の〆にこういう「ご褒美」があるのはうれしい。

 すべての箱を巡り終わって「コーヒーを飲んで落ち着きたい」と喫茶店を探したのだけれど、どうも間が悪く「ここがいい」と思える店になかなか行き当たらない。30分以上不忍通りを歩きまわり、歩く間にどんどん空腹になってきたので「せっかくだから行ったことのないお店に」というこだわりを捨てて昨年もおじゃました甘味屋・芋甚に行ってアベックみつまめを食べる(アベックはバニラアイスと小倉アイスが入っている)(どうでもいいが、それなりに迷って決めた注文なのに去年も同じものを食べていた。思考回路が変わっていない)。
 多少お腹が落ち着いたところで、改めてコーヒーを求めて不忍ブックストリートMAPを見つめ、みのりカフェを目指した。ブレンドコーヒーとケーキを頼んだのだけど、ケーキもさることながらコーヒーがとにかく美味かった。カタカナよりも漢字で「珈琲」と書きたくなる絶妙に好みな味。買った本を整理し、『チャペックの犬と猫のお話』をめくりながら18時まで過ごし、お会計の時つい言わずにおれず「珈琲すっごく美味しかったです」と言い残して根津駅から帰路についた。

 今年は貸はらっぱ音地に箱がなかったので、日暮里駅方面には行かなかった(もちろん箱があろうとなかろうと行きたければ行けばいいのだけど、本という餌なしに歩いてゆく元気が私にはない)。初音の森のあたりの緑の清々しさがとても好きなので少し寂しさを感じた。しかし、本を抱えつつ無理なく歩ける範囲をと考えると今回のエリアの小ぶりさはかなりありがたくもある。むずかしい。
 個人的に印象深かったのは、箱を廻るにあたって一度も不忍ブックストリートMAPを開かなかったということ。スタンプラリーの略地図だけで箱を巡れる程度には谷根千の土地勘がついたのだなあと悦に入る。

(お気づきの方がいるかはわかりませんが、昨年のしのばず一箱古本市の感想は半分しか書いてません。5月3日の分を書いてません。4月27日に比べて5月3日が楽しくなかったとかそんなことはもちろんないです。反省して今年は当日中に感想を文字に起こしました)
2015.05.04