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『うたう百物語 Strange Short Songs』 佐藤 弓生
 著者はそもそも歌人であるらしい。百物語といえば「怪談を百話語って語り終えた時にはこの世ならざるものがその場に現れている」というものだけれど、この本では短歌を引き、その短歌を切っ掛けにして著者の頭に現れた物語を掌篇にまとめている。見開き一枚で一話、百の物語が描かれている。

 惹かれたのはまず装画だった。黒田潔さん(公式サイト)というイラストレーターによる葉と花と虫の細密画風の絵が目に留まった。美しい。
 そこに、ほのかに透ける細い帯がかかっている。その帯に載っている道尾秀介さんの「ためしに一話だけ…と手に取った。あとはもう、引き摺り込まれたとしか言いようがない。」というコメントを読んで、同じようにまず一話目を立ち読みしてみ、そのままレジへ持って行ってしまった。

 引かれている短歌は、帯の裏によるとこの百年ほどの間に生まれた歌らしい。有名な名前では北原白秋や森鴎外、俵万智。夢野久作や山尾悠子の名前があるあたりに、百物語の雰囲気が出ているかなと思う(敬称略)。
 とはいえ、歌自体は怪異や怪談を詠んだものばかりというわけではない。いや、短歌の意を読み取れるような教養はないのでもしかしたらいずれも何かおそろしいものを詠んでいるのかもしれないけれど、とてもそうとは思えないもの、温和な意味合いに読める歌も多数ある。

 そこに、引かれたあまたの歌に、著者がひとつひとつ物語をつけている。百もあるので玉石混交、というか個人的な好みに合う合わないはあったけれど、恐怖よりも幽玄、おぞましさよりはかなさ、恨みよりも悲しみの強い物語が多かったように思う。
 私がそもそも「幽霊」を筆頭とする「この世に想いを残したあの世の者」という存在に対して悲しさを感じるたちであるということももちろん大きく関係しているけれど、真夜中に自室で読んでいて、背筋がぞっとするというよりは、ふと窓外の暗がりに目をこらしてしまうような、そういう雰囲気をまとった掌篇が多かった。

 諸手を挙げて推薦したい、というのではないのだけど、普段触れる機会を作らない短歌というものにごく親しく交わらせていただいた喜びがある。一作一作はすっと読み終えられるものばかりなので、興味さえわけば書店で一度手にとってみると何か新しいものが見えるかもしれない。
 普段から短歌に親しんでいる方の感想も聞いてみたい。
初版:2012 年 8 月 メディアファクトリー
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2012.08.17