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『ストリングス〜愛と絆の旅路〜』
 あらゆる生物が、天からの糸によって繋がれたマリオネットの世界。ヘバロン国を治める王カーロは、これまでの圧政を悔い、息子ハルに王位を譲るため自ら命を絶った。しかし王位を狙う国王の弟ニゾは、カーロの死をヘバロンと敵対する一族ゼリスの長、サーロに殺害されたものと見せかけ、復讐の念に駆られたハルを復讐の旅へと向かわせてしまう。
 マリオネットが命を持つ世界。糸に吊られながら、自らの意思で考え、動く世界。舞台芸術的な映像のなか、この世ならざる者たちの痛いばかりに情感に満ちた物語が深く静かに広がってゆく。

 天からの糸に吊られたマリオネットが登場人物というだけで、「この世界は一体どう成り立っているのか」といくつもの疑問が瞬間的に湧いてくる。映画のなかではそれらの疑問の多くに明確な答えがおそらくは意図的に与えられている。マリオネットの自殺、誕生、門、牢、天寿、遊び、身のこなし。
 現実とは大きく違う世界を描くには涸れない想像力と設定をつめてゆく根気が必要だ。この映画はそのふたつをきちんと携えて設定を丁寧に煮詰めてある。だから、他のどの作品にもない魅力がこの一本にはいっぱいに詰まっている。

 そうやって構成された、こことはまったく違う世界で紡がれる物語は、副題の通り人々の愛と絆の物語である。
 ヘバロンは文化的に成熟した国ではない。奴隷が存在し、王子ハルは民の苦しみを知らず安穏と過ごしている。醜悪なニゾが王座を狙う陰謀と、無知なハルのゼリスに対する憎しみが渦巻く物語は、どうしようもなく陰鬱な空気に満ちている。
 そんななか、唯一純白に汚れなく存在するのはハルの妹ジーナである。ハルが心から愛する美しい妹ジーナは、か弱く、無力でありながら、その魂の純粋さはどんな絶望に向かっても決して諦めることをしない。その存在は、この戦いと復讐の物語が求め得る、小さくもただ一つの光である。
 ハルとジーナ、カーロとニゾ、そしてゼリスの長、サーロ。他幾人かの主要登場人物たちは互いが譲り難い自らの生を絡ませ合って、光と影が悲しく美しく境なく交差する一篇の物語を紡ぎゆく。

 それぞれに過去と情念を抱えた登場人物たちが繊細な感情を絡ませ合うこの物語は、確かな技術力に支えられてもいる。表情を持たないはずの人形の顔に千変万化の感情を読み取ることができるのは、この映画の持つ大きな魅力のひとつだろう。
 また、糸のある世界の映像は、この現実では出会い得ない美しさでもって、観客の情感に直截に迫ってくる。端々の設定の発想に幾度も小さく驚きながら、唯一無二の作品世界に没頭する。

 惜しむらくは、日本で公開されたのがオリジナルではなく庵野秀明監督による脚色をされた日本バージョンであるということ。どの程度の違いがあるのかはわからないけれど、できることならばオリジナル版で観たかった。
 日本語吹き替え版も DVD には収録されていたが違和感が強く、オリジナル英語版をおすすめしたい。
2004 年 | デンマーク | 93 分
原題:Strings
監督:アンデルス・ルノウ・クラルン
≫ eiga.com
2013.01.27