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『ザ・ファイター』
The Fighter
制作:2011 年 アメリカ
監督:デビッド・O・ラッセル
キャスト:マーク・ウォールバーグ / クリスチャン・ベール / エイミー・アダムス / メリッサ・レオ
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 異父兄をトレーナー、母をマネージャーとしてボクサー生活を続けるミッキー。有名選手と拳を交え地元の英雄と讃えられた兄の陰で、ミッキーはチャンスに恵まれずくすぶっていた。

 かつては地元ローウェルの誇りと言われながら、今は身を持ち崩している兄ディッキー。他人を信用せず家族だけでまとまることに固執する母。ふたりに束縛されて、ミッキーは自分という芽を伸ばせずにいる。
 自分が世界のすべてで自分の考えは一分の隙もない正答だと信じている人は強烈なエネルギーを周囲にぶつけてくる。ミッキーの母はそういう人種だ。悪意のない独善からくる行いは、周りの人間を疲弊させ、逃げる余地のない所まで追い詰めていく。

 ミッキーはそんな母の人格の被害者だ。父や恋人といった周囲の心ある人々は兄と母をミッキーから引き離そうとする。私だったら、と想像する。ようやく解放されると、喜んで家族というしがらみを捨てるだろう。
 けれど、ミッキーはちがう。彼は兄も母も愛しているからだ。振り回され、苦しめられ、それでもミッキーは家族を家族として愛している。粘り強く、最後まで諦めず、耐えしのびながら闘い続ける。独善的な人々を相手に、けじめはつけながらもたゆまずその腕を彼らに伸ばし続ける。そんな彼の姿は、リングの上での彼の闘い方とも重なる。

 ボクシングファンでなくとも、観ておくべき映画だと思う。そもそも私自身、格闘技全般が苦手だ。ボクシングの試合も見たいとは思わない。この映画を観るまでミッキー・ウォードという選手の存在も知らなかった。
 そんな私が、リングの上、そして私生活でのミッキーの闘いぶりに心揺すぶられた。決意を胸にまっすぐに前を見据えてひとり歩き出すミッキーの姿に、あのゆるぎなく前を見る視線に、涙が出てきた。

 そして、そんな彼の姿勢に打たれて、破滅的な生活を送るディッキーもまた変わってゆく。自分自身の弱さに負け、過去の栄光ばかりを誇らしげにかざして才能を腐らせていったディッキーが、弟のために瞳に再び光を宿らせてゆくのだ。

 愛する兄弟のために、そしてなにより自分自身のために、ふたりは自らを見つめ直して自分の足で立ち上がり、歩いてゆく。この兄弟は、互いが自分自身のために相手を必要としているのだ。そういう関係は時に依存を引き起こすけど、自分の意思を持つことを忘れさえしなければ、何よりも強い絆となる。

 あまりに完璧な映画で、気持よく入り込め、飲み込めて、ただ観ているだけですっきりと消化できてしまった。うだうだと残るものが全然ない。すごく気持ちがよかった。随所での優れた音楽の使い方も印象的。
 とにかくそこかしこで涙がにじんできて、最後にはぼろぼろと泣いてしまった。感動っていうのはこういうことを言うんだと思う。
2011.04.14