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映画館が生んだ映画の映画 『インターミッション』
 戦後すぐに建てられた映画館が銀座にある。空襲のガレキで埋め立てられて作られた半地下街にあって、独自のセンスで他のどの映画館とも違う空間を築いてきた。地下鉄の真上に位置するこの映画館では上映中にも電車の走る音が響き、それを嫌う観客がいる一方、息の長い固定ファンをつかんでいる。
 しかし 2011 年の震災をきっかけに半地下街そのものの老朽化が指摘され、2013 年 3 月をもって閉館することが決定した。

 これは、映画『インターミッション』の設定であり、同時に『インターミッション』が上映された映画館「銀座シネパトス」の略歴でもある。
 2013 年 3 月末にひかえる「銀座シネパトス」の閉館に向けて、樋口尚文監督は「銀座シネパトス」を舞台に映画を撮った。今まさに観客自身が座っている客席を舞台に、映画は展開してゆく。

 閉館間際の銀座の名画座では、支配人のクミコと超年下のダンナ・ショウタが閉館までの日々をチリチリと過ごしている。周囲には、震災の影響と放射能の影におびえ、騒ぎ、取り乱す人々。噂し、デモをし、あるいはただ自分の日常を小さく繰り返す。十人十色の「震災後」を過ごしながら、人々は名画座に集まり、上映の合間に客席であれやこれやと語り交わす。
 そして、それぞれの座席で語られる小さなたわいない会話はやがて大きな円を描いて、巡り巡って閉館の日にクミコを大きく揺り動かす。

 ユーモアと、問題意識と、エンターテインメントと、映画という媒体そのものへの愛。限りなくて、笑っちゃうくらい深い愛。それらだけがぎゅっと集まって凝縮して出来上がったのがこの映画だ。
 ストーリーとか、キャラクターとか、そういう “要素” はこの映画においては実のところさほど重要ではなくて、ただ映画を好きで映画を好きなひとを集める力を持った映画館があってその映画館を愛するひとがいて、その事実がひとつの映画にまとめ上がったのがこの一本なのだと思う。
 クミコが劇中で言う「映画って、なぁーんでもありなのよ」というせりふが、観て五日経った今も耳を離れない。「いま自分が座っているこの映画館」がスクリーンに映され続け、そこで一本の映画が展開されてゆくのを見ていると、このせりふがしみじみと心の底にまで染み渡ってくる。映画はなんでもありだ。何をしても、映画はその懐の深さで映像を “映画” にしてくれる。

 「銀座シネパトス」に寄せた文章で、樋口監督は次のように言っている。

「映画という表現は、あたかも世界そのもののように広大な可能性のレンジを秘めるものです。それに対して、意外に映画ファンというのは、そのほんの一角に過ぎない狭いジャンルの映画しか愛していないもの。アクションもあればラブストーリーもあればホームドラマもあればホラーもあればポルノもある・・・・映画というものは、そういった入口をなんでもかんでも備えた「知的猥雑さ」に満ちています。それをまるごと受け入れ、愉しみ尽くすことが、正真正銘の「映画好き」であるはずなのです。」(「銀座シネパトスとは何だったのか」より)
 
 まさにこの通りで、映画というのは本来ものすごく間口の広い媒体だ。だというのに、ひとは簡単に視野狭窄に陥って、「これぞ映画だ」「あんなのは映画じゃない」とキリキリしてふるい分けをしてしまう。
 私自身がこの罠にずっとハマり続けていて、「このジャンルは観ない」「ああいう映画は退屈だ」とたくさんの映画を切り捨てて来た。

 が、それは結局のところ無駄で無意味だった。映画の映画、『インターミッション』を観て、私はようやく映画好きの入り口を探り当てた気分でいる。映画に対して「こう」と思っていた印象や枠が、本当はすべて存在しなかったこと、それを作っていたのは自分の無為なこだわりだけであったことを知った。
 映画は何でもできる。何でも映す。そのなかで何を取捨選択するのかはすべて私自身の眼によるものだし、「なぁーんでもありなのよ」というクミコの声が耳に響き続ける限り、「取捨選択」のもったいなさを私は骨身に感じ続けてゆくと思う。なんでもありなら、なんでも観ない手はない。

 銀座シネパトスはあと 6 日間で閉館する。その 6 日間の間にも監督や俳優さんたちのトークショーやイベントが企画されている
 物理的、時間的に残りの 6 日間で銀座へ出向くことが可能な方は、どうしても足を運んでもらいたい。映画好きがますます映画好きになれる空間が「銀座シネパトス」にはあった。間違いなく楽しめるから、あの怪しげでちょっと薄暗い半地下の映画館へ行ってきて欲しい。
2013 年 | 日本 | 112 分
監督:樋口尚文
キャスト:秋吉久美子、染谷将太、香川京子、小山明子、水野久美
≫ 公式サイト
≫ ありがとう、さようなら、銀座シネパトス
≫ eiga.com
2013.03.25