メモ
2009.01.12
 10日に読了した「巡礼者たち」、感想が遅くなりました。
 とてもいい読書でした。海外小説はなかなか自分から手を伸ばせずにいるのですが、こういう本を読むとやっぱりいろいろ読んでみようと思います。
 おすすめ、ありがとうございました。

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 オンボロ車に乗ってペンシルバニアからやってきた女、マーサ・ノックス。他の人家からはなれて暮らすおば夫婦の家の預けられた少年。兄と共に東へと向かうアリス。何があるわけでもない人間の日常を切り取り、豊かにうねる感情を描いた短編集。12編の短編を収録。

 少しは変わった人物も出てくるけれど、奇抜な設定をほどこされた人はいない。エンターテインメント小説で起こるような大事件も起こらない。そんな中で、小説のなかの人々にとっていつもとは少しだけちがう一日や出来事が、丹念な筆で描かれている。

 人のなかに息づき流れる感情や、表面には出てこないままささやかにうねっている想いが何ひとつもらされることなくくみ上げられている。だから、どの小説にえがかれている人物も生々しく、そこに生きて存在していることがわかる。
 特別な事件はなく結末という名の仕掛けもなく、それでもそこに人がいて読み手も人間なら、伝わってくるものが確かにある。生きている人間同士が出会うことで互いの間に通うものとそれはさほど変わらない。それほど、エリザベス・ギルバートが「巡礼者たち」のなかでえがいた人々は生身を持った存在として文章の向こう側に生きている。

 作中で流れる時間は短くて、数時間程度のものも多い。その短い時間は、作中の人々が数年経ったあとにもふと思い出すことがあるような、少しだけ色づいたものだ。日常的だけれど確かに特別でもあるシーンを的確に切り取って1冊の本のなかに寄せ集め貼り付けたのがこの本だ。
 生活のなかのひとつのシーンを切り取る力。そこにいる人を活写する力。エリザベス・ギルバートが持っているのはそんな力だと思う。本やインターネットで調べながら机上で小説を書こうとする人間には生み出せない空気が、はっきりと作中に流れている。
2009.01.11
 昨日「巡礼者たち」を読了して、感想を書く時間を取れずそのまま寝てしまい、今日も書くことができないままになってしまいました。明日、書こうと思います。とてもいい読書でした。
 そして、「巡礼者たち」の次はおすすめいただいている順に従って「シェル・コレクター」を読もうと思ったのですが、最初の数行を読んでみて「巡礼者たち」とはまったく違うタイプの小説であるような気がして「巡礼者たち」の感触を持ち続けたまま読める小説ではないなと思い、同時に“アメリカの短編小説である”という共通点があることで2冊の間に無いはずの関連性を見つけながら読んでしまいそうな気もして、間に1冊日本の小説を挟むことにしました。そんな理由で前々から買ってあった「コッペリア」を読み始めて、半日ほどで読了してしまいました。

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 人形に恋をした了は、ある日人形そっくりの女性・聖と出会う。人形の作者であるまゆら、まゆらの人形師としての才能を見出した創也、聖の所属する小劇団の団員たち。様々な立場の人々がそれぞれに人形にかかわるなかで、ゆがんだ関係が生まれていく。

 私は一語一語まで選び抜いたような隅々まで推敲された文章が好きで、そういう意味では加納さんの小説は私にとって読み心地のいい小説ではない。読んでいてすんなりと心に染み込んでこなかったのは、自分の文章を人目を引く斬新なものにしようと画策するあざとさと、そのくせ言葉ひとつの配置には無頓着で荒っぽいという性分が透けて見えるような印象を受けたからだと思う。もちろんこれは私の勝手なイメージだ。

 けれどそれとは別に、私は了と聖のふたりが好きだ。何かが欠落してしまっている了の人格も聖の肩肘を張った強さも、私にとっては微笑ましくて好もしい。
 互いにねじれた生い立ちを持ち、そのために人間に素直な恋をすることができない了と聖。境遇の似たもの同士が惹かれあうというのは小説としてよくある話だけれど、不器用すぎるふたりは遠回りに遠回りを重ねてすれ違う。
 冒頭にギリシャ神話のピグマリオンの話が引用されている。人形に恋する男の話だ。裏表紙のあらすじにはミステリーと書いてあるけれど、この引用が示すとおり「コッペリア」はミステリー風味の恋愛小説だと思う。この小説は、ふたりのたどたどしい恋愛を丸々1冊ついやして語っている。

 3つの章とエピローグから成る「コッペリア」で、事件のネタ明かしがされるのは第2章の終りだ。第3章では事件の詳しい解説と顛末、そして後始末がじっくりと綴られている。
 本のなかばで事件は解明され、その後の話にここまでページ数を割くミステリーを私は知らない。私が「コッペリア」を恋愛小説だと感じる大きな理由はここにある。だからなおさら、加納さんの文体にどうしても馴染めないことがもったいなかった。恋愛小説を読んでしっかりと受けとめるには登場人物の感情を自分の生身に起こったことのように感じ取ることが必要だと思っているのだけど、それがちっともできなかった。人間として登場人物が立ち上がってくるのを感じられなかった。

 本当に惜しいことだけど、相性の良し悪しというのはある。私と加納さんの文章の相性が良ければ、まったくちがった感想を持っただろうなと思う。
2009.01.04
 一昨日はバイトだったのですが読み途中のyom yomを持って行くのを忘れて、駅のコンビニで川上弘美さんの「溺レる」を買いました。それを昨日夜中までかかって読了。

 川上さんは前に「センセイの鞄」を読んだことがあって、それが読書記録を見てみると2006年の11月のことだった。
 読んだ当時は、川上さんの文章はとらえどころがないような幕一枚をへだてられているような、どうしようもない違和感を感じてしまって仕方がなくちっとも好きになれなかった。
 それが、去年の9月にyom yomのvol. 7に収録された「ゆるく巻くかたつむりの殻」を読んでものすごく好きになった。それで、川上さんの小説をもう一度改めて読んでみようと思っていたところだった。

 タイトルの「溺レる」とは、アイヨクにオボレるということ。8つのごく短い小説が収録されている。そのすべてがひとりの男とひとりの女の話だ。女の一人称で書かれる、恋でもなく愛でもなく、アイヨクの物語。
 アイヨク抜きの愛はない、と個人的には思っている。だから、全編を通してどの男女もアイヨクにオボレていることが私にとってはとても生々しくて、人々が生身の人間のように迫ってくる。

 どの話に登場する男女もそれぞれに奇妙だ。どこにでもいるようにも見えるし、「“ふつうの人”などというのは存在しない」という考え方をするのなら、どこにでもいる人らだと言ってもきっと間違いではないのだろう。
 それでもやはり、彼らは奇妙だと思う。人がよりあつまって生きているとどうしてもできてしまう枠のなかに、いることができない。はみでるというよりも、はっきりとその外側にいる。
 そんな人々でも“ふつう”の面もあるはずだとは思うのだけど、川上さんは“ふつう”のところを書かないで彼らの人とはちがう部分だけをすくいとって書いている。おかげで、彼らの世間から浮いてしまった部分ばかりが凝縮された小説になる。ぽんと始まってぽんと終わるのは、“ふつう”の部分を一切省いているからだ。

 全編読了してみて印象に残っているのは、「可哀相」と「亀が鳴く」。
 「可哀相」では、女は男に痛くされる。谷崎を筆頭に、私は嗜虐心の持ち主や被虐心の持ち主が描かれた小説に強く反応する。私自身がそういう傾向を持っているからだと思う。読みながらずっと、背筋の冷えるような体の芯の熱くなるような、おかしな心持ちだった。
 そして、「亀が鳴く」。身の回りのすべてがさだかではない女が一緒に暮らしていた男に別れを宣告される話なのだけど、女が男に向けて言う「沈んでいっちゃうよ、私といると」というせりふが心の底の真ん中にすとんと落ちてきた。私も同じことをいつも思っている。一緒にいる人を沈めてしまうから、本当に大切にしたい人の側にいることはできないという感覚をいつも持っている。この女と自分が似ているとは思わない。共感したわけではない。ただ、分類の仕方によっては同じ系統に属するんだろうなと思った。

 「センセイの鞄」を読んだときにちっとも良さを理解できなかった理由が、「溺レる」を読んでみて少しだけわかった気がする。きっと私は、川上さんの小説を読んで楽しむなりのめり込むなりするには、まだまだ年が足りないのだ。
 川上さんの書く男と女のあいだにあるものは私にはきっとまだとらえきれない。目の前になにかがあるのははっきりとわかるのに、それが密度高くまやかしのない真実のものであることはわかるのに、丸いのか四角なのか球なのか、大きすぎてちっとも把握できない。
 それでも、2年前にはちっとも面白くなかったものがどうやらもっと時間が経てば面白いと感じられそうだとわかっただけでも、少しずつ川上さんの小説がわかるときに近づいているのだと感じられる。今のところはそれで満足しておくことにしよう。そして、川上さんの小説を力まず楽しめるようになるまでに少しでも多くのことを体験して、その時にはより深く理解できるようになっていよう。

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 「溺レる」が2009年になって初めての読了本なので、読書記録のページの写真を新しいものに変えました。ネット生活初期のころから知っている写真素材サイト、Spicy Gardenさまからお借りしてます。優しくて可愛いものや静けさに満ちたもの、いろんな種類の写真があります。大好きなサイトさまなので、ようやく沙々雪でつかうことができてうれしいです。
 使わせてもらっている写真、Spicy Gardenさまの方では「こいびと。」というタイトルがついています。とても可愛くて昔からのお気に入り。
2009.01.01
 日付はまたいでしまいましたが眠るまでは前日の続きと考えているので、どうにか2008年のうちに「日本人の法意識」を読了できたことになります。

 今は、おすすめいただいた本を読む前にyom yomのvol. 9を読んでいます。まだ半分も終えていませんが、季節感のつよい話が多くて、出たときにすぐ読めばよかったと後悔中です。
2008.12.31
 「春琴抄」と「国のない男」の感想ページを作成しました。毎月、月末ころにその月に読んだ本の感想ページをまとめて作成しようかなと思っています。

 今は、読書時間をとれないままでいます。せめて今年中に「日本人の法意識」を読了したいなと思っているのですが…。欲を言うと11月に出たyom yomのvol. 9も年を越さずに読みたいと思っていたのですが、こちらは完全に無理そうです。

 2008年は小説以外に新書や岩波文庫の本も読もうというのを目標にしていました。2009年はそれに加えて詩を読みたいなと思っています。好きな詩人や詩集などあれば、ぜひ教えていただけると嬉しいです。

 喪中なので新年のご挨拶はできませんが、今年もいろいろな本をおすすめいただいて、ありがとうございました。
 皆様、よいお年を。