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『ジェノサイド』 高野 和明
 さて、困った。
 私が沙々雪でへたくそな感想を細々と書き続けているのは、楽しい体験をさせてくれた作品にほんの少しでも恩返しができたらと思ってのことだ。私の感想を読んで、ひとりでもこの本を、この映画を手にとってくれるひとが増えたらいいと思う。それが根本にあるから、面白い作品には必ず感想を書きたい。
 けれど、この『ジェノサイド』はどう感想を書いたものかわからない。ひとことしゃべるだけでも、これからこの本を読むひとの楽しみを奪ってしまいそうな気がする。とにかく読め、と、ぐいぐい押しつけたくなってしまう一冊。
 それでも、少しだけ、どうにかこの本の面白さを書いてみたい。

 アメリカ、東京、アフリカと、『ジェノサイド』の舞台は世界を結ぶ。登場人物は国家機関のトップから密林に生きる現地人にまで及ぶ。この地球という星がまるごとこの一冊に載っている。
 けれど、その途方もないような距離的広がりだけがこの小説の魅力ではない。この本は、物理的広がりと同時に、地球が生まれてからの歴史そのものをストーリーのネタにしている。三次元ではあきたらず、四次元のひろがりをふところに抱え込んだ小説なのだ。
 なんて欲張りな本だろうと思う。そんな広大な物語をきっちりと描ききってしまう作者である高野さんの手腕もすごい。
 幾重にも重り続ける伏線の数々と、人類の持つ知性と野性のせめぎあい。化学、歴史、数学、人類学と、垣根を超えた学問の世界までも垣間見せながら、根幹には「人間の定義」を相手取っている。
 そう、これは「人類とは一体なんだろうか?」という問いが、必ず読者の胸に去来するはずの本だ。

 『幽霊人命救助隊』、『13 階段』ときて、私が高野さんの小説を読むのはこれで三作目だ。たった三作だけれど、それでもはっきりとわかる。高野さんは稀代の「希望」の描き手だ。
 ハードな描写に親しんだ読者には、高野さんの優しさがぬるさに感じられるかもしれない。けれど、悲しみや薄汚さを描きながら、それでもゆるぎない未来への希望を感じさせるというのは、誰にでもできることではない。絶望を描くより、確かに信じられる希望を描く方が、きっとずっと難しいと思うのだ。

 『ジェノサイド』は、次々に明かされる事実に驚嘆しながら読み進める、いわゆる「ネタバレ」が怖い小説だった。なのに、ネタがすべてバレた読了後になお、すぐさま二巡目を始めたくなる一冊だった。
 それは、この小説が「奇抜さ」「どんでん返し」に頼っただけの小説ではないことをはっきりと示している。この本のなかには、人間が生きている。
初版:2011 年 3 月 角川書店
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2011.10.10