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『ハイドラの告白』 柴村 仁
ハイドラの告白
初版:2010 年 3 月 メディアワークス文庫
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 にわかに注目を集め始めた芸術家、布施正道。彼の消息を求めて辺鄙な町にやってきた春川は、こっそりと様子を探るだけのつもりが通っている美術大学の有名人、由良に巻き込まれる。
 『プシュケの涙』の続編とも言える小説。『プシュケの涙』で高校三年生だった由良彼方は美術大学に進んで日本画科の三年生になっている。

 蛇足だとまでは言わない。けれど、『プシュケの涙』という均整の取れた一冊に対して、この本は必要だったんだろうか。
 語り手が主人公ではなくその後現れた人物が物語の本当の主役であった、という構成は『プシュケの涙』とかぶるけれど、ここで仕掛けられた主人公の内心は見えないまま物語は進むという構造は、どうにも不必要だったように思えてならない。ここを最初から明かしておいたなら、もっと読みやすく、そして物語の本筋に集中できる話になったんじゃないかと思う。導入に使われた語り手・春川の新しい家庭のことがいやにあっさりと流されているあたり、語り手と主役をはっきりと区別し切って主人公を同時に脇役に追いやるということもできていない。総じて、読みきってもすとんと心に落ちてこない。『プシュケの涙』の構造を踏襲しようとして失敗し、単なる使い回しに過ぎなくなった感がある。

 とはいえ、キャッチフレーズに「不器用な人たちの不恰好な恋の物語。」とあるように、これはトリックやストーリーを楽しむのでなく、恋愛小説として読むべき本なのかもしれない。
 決して叶わない、同時に何があっても忘れられないひとに恋する愚かさと狂気が、軽妙に、けれどその実おどろおどろしく語られる。『プシュケの涙』では、恋し合うふたりというよりも生涯の同士として互いに必要とされあうふたりが描かれていたけど、『ハイドラの告白』で語られるのは正真正銘の恋の感情だ。そういう意味では、恋愛小説が好きなひとには好ましい本なのかもしれない。同時に、私がこの本を読んでもしっくりこないのは、登場人物の抱いている恋愛感情が私の信じる恋とはかけ離れているからというのもあるんだろう。

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2011.05.05